第5話 ジグソーパズル

文字数 894文字

 玄関の扉を閉めて、鳴海は灰色に染まった空を見上げた。

 たとえば、と思う。すみれが生まれたての乳飲み子であれば、冷たく切り捨てることもできただろう。しかし、(わず)かばかりとはいえ、本物と疑わなかった父娘(おやこ)としての二年があった。

 いびつにはめ込まれたジグソーパズルはいつか破綻する。それがこの家族の現状なのだろう。それを食い止め、地上に(とど)めることができるのは自分だけに違いない。

 パズルの最後のひとかけらなど捨ててしまえばいいとも思う。永遠に完成などしなくてもつながっていられる。もしも耐えきれなくなったら、いますぐにでも、この家族を地上から消し去ることができるのだから、と。



 しかし、すみれに罪などまったくないのだ。激しい嫌悪と、手あたり次第にものを投げつけ、すべてをぶち壊したくなるほどの怒り。そんな発狂しそうな日々を乗り切ってきたいま、やっぱり私はすみれを愛おしく思っている。コールタールにも似たドロリと暗い気持ちが治まったわけではないけれど……。

 鳴海はふぅとため息をついた。

「こりゃあ、ずいぶん積もったな」鳴海のひとり言は盛大な白煙となって眼前を舞い、すぐに消えた。

 昨夜は吹雪いたせいで雪は厚みを増していた。この冬は随分と長く、雪国にはまだ春の足音が届く気配はなかった。

 物置からプラスティック製の赤いスノーダンプを引っ張り出し、玄関前と簡易の屋根付き駐車場周辺を雪かきしたあと、車のウィンドウに吹き付けた雪を払いのけた。

「気をつけて行きなさいよ。雪かきが追いついていないかもしれない」
 背中を見せて洗い物をする妻の早紀に声を掛けた。
「大丈夫よ、ゆっくり行くから」妻は振り返って頷いた。

「すみれ、パパ出かけるからね」
 女の子座りをして、お気に入りのアニメのビデオを見ていたすみれの背後から近づき頬にキスをする。

 ぐふふぅとくすぐったそうに身をよじったすみれは、「パパいってらっしゃーい」と、その小さな手を元気よく振った。
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