第23話 君死にたまふことなかれ

文字数 784文字

 腹に響くエンジン音がとどろき、プロペラが巻き起こす風が耳当てを揺さぶる。つかんだ綱で翼に乗り整備兵の背中を軽く叩いた。驚いたように敬礼をする男に微笑んで敬礼を返した。

 狭い操縦席に桜の小枝が飾ってあるのが見えた。それを口にくわえ、操縦席に乗り込んでからそっと膝の上に乗せ、結ばれていた紙を解いた。

 君死にたまふことなかれ
 親は刃を握らせて人を殺せと教えしや
 人を殺して死ねよとて……

 またお会いしたいです
 杉浦中尉殿 それまでしばしのお別れです 中村佐智

 与謝野晶子か、それに、最後の最後に中尉殿か。鳴海はふっと笑った。それに佐智は中村という名だったのか。

 またお会いしたいとは、杉浦の実家があるという東京に墓参に行くということか、それとも靖国神社に参拝するということだろうか。

 隼の機内には、少女たち手作りのマスコット人形が揺れている。鳴海は青く染まった知覧の空を見上げた。

「杉浦中尉殿、今までありがとうございました! ご武運を祈ります!」少し緊張気味の整備兵に笑って手を差し出した。遠慮がちに握り返してきたその手は、ごつごつとしていた。

「こちらこそありがとう! 隼の調子はどうですか⁉」エンジン音に負けないように鳴海も大声を出した。



「最高であります! 向かうところ敵なし! 天下無敵の隼であります! 歴戦のパイロット杉浦中尉殿の隼を整備できて光栄でありました!」

「ありがとう! あなたに整備してもらえてよかった! 心から感謝します!」

 プロペラが巻き起こす風によろめきながら、翼の上で整備兵が右手で両目を覆った。鳴海は伸びあがりその肘を掴んで揺すった。整備兵は泣き顔で再び敬礼をした。鳴海も敬礼を返した。

「ありがとう!」
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