大人の我慢の限界

文字数 637文字

 そこへ町内会長さんが鍵を持ってとぼとぼやってきましたが、僕たちを見るなり、両腕を広げて駆け寄ってきました。もっとも、ハグしようとした瞬間、理子さんは要領よくその腕をすり抜けたので、酒臭い身体で抱きしめられたのは僕一人でしたが。
 大人たちがいつものようにやってきて練習が始まると、知らないうちに来ていた豹真が横笛の音を流していました。
 
 始めさもらへ、始めさもらへ、日御子の()らしたまふや、な……

 町内会長さんが再びダメを出しましたが、僕はアクセントを変えたり、言葉を変えたりしてごまかしをやめませんでした。
 大人たちは渋い顔をしましたが、町内会長さんは「まあまあ」となだめてくれました。しかし、とうとう一人が怒りだして町内会長さんと喧嘩を始めたのは、練習を繰り返すたびに堂々と間違いをやらかす僕の横着さに我慢が出来なくなったからでしょう。
 その怒りの矛先が僕に向かうのも当然です。
「おい、坊! ちょっとこっちこい!」
 そう怒鳴られても、僕はもう怖くありませんでした。
「すみません!」
 大げさなぐらいに頭を下げてみせましたが、そんなことで許してもらえないのは想定内です。
 やる気がないだの、大人を舐めてるだの、罵詈雑言が飛んできましたが、やりすごせば済むことです。
 勝負どころは、そこではないのですから。
 しかし、僕がやりすごしても、正面から受け止める者がいたら意味がありません。
 横笛の音がブチっと途切れて、甲高い声が喚き散らしました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み