春を告げる歌声

文字数 595文字

 翌朝、公民館に向かった僕は、通り道のあちこちにある桜の枝で、つぼみが膨らんでいるのに気づきました。
 もうすぐ咲くのだ、と思うと気が軽くなり、僕は自然と走り出していました。
 おかげで、公民館に早く着きすぎてしまったことといったら!
 それほど肌寒くもなくなった朝の空気の中で一人ぼっちでいると、そこへいつものトレパンにヤッケ姿の理子さんがやってきました。
 昨日はどうも、と挨拶しても返事がありません。背中を向けて、僕のほうを見ようともしないのです。何か怒っているのかと思いましたが、もうそれほど気にもなりません。僕も春の色に染まりかかっている朝の空を見上げていました。
 町内会長さんは、なかなかやってきませんでした。無言のまま二人で立っているのも気づまりで、何か話しかけようかと思い始めたとき、理子さんが鼻歌を歌っているのが聞こえました。
 理子さんが、鼻歌なんかを。
 思わず振り向くと、理子さんも僕をちらっと見たところのようでした。慌てて目をそらしましたが、理子さんも多分、そうしたんでしょう。
 勇気を振り絞って聞いてみました。
「それ、なんて曲ですか?」
 曲名は答えずに、理子さんは詞を付けて歌い始めましたね。
 英語でしたが単純な歌詞だったので、聞いただけでだいたいの意味は取れました。
 つらく寒い冬の果てに、春の陽が差してくる。
 四字熟語で言えば、「一陽来復」。 
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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