春を告げる旋律
文字数 524文字
いかに昔の言葉とはいえ、さっき聞いたばかりの言葉を復唱するぐらいの記憶力は持っています。
問題は、その結果にあったのです。
僕が「汝」という言葉を口にした途端、春の空は灰色に乱れ始めました。
小学生の頃、図工の時間に写生に出て、使った絵筆をすすいだ後の筆洗で絵の具が水に弄ばれているときのような、あの雲です。
しかし、僕の発音はやはりおかしかったようです。
「そのアクセント、変です」
な・ん・じ、とあなたはゆっくり言い直してくれました。
冗談じゃありません。本気で僕がその言葉を発したら、とんでもないことが起こります。
すでにお察しのとおり、僕は普通の人間ではありません。
言葉によって自然を操る者、「言霊使い」だからです。
口ごもる僕を、あなたは責め立てました。
「できないんですか? どうして?」
それは、としどろもどろに答えたその時です。
公民館の中から、高らかにクラシック音楽が鳴り響きました。
ビバルディ『四季』の中の「春」でした。
「樫井さん……!」
あなたがそうつぶやいて公民館の中へ駆け込んだおかげで、僕は危険なひと言を口にしないで済みました。
雨雲はすでに去り、空は再び冷めた青色を取り戻していました。
問題は、その結果にあったのです。
僕が「汝」という言葉を口にした途端、春の空は灰色に乱れ始めました。
小学生の頃、図工の時間に写生に出て、使った絵筆をすすいだ後の筆洗で絵の具が水に弄ばれているときのような、あの雲です。
しかし、僕の発音はやはりおかしかったようです。
「そのアクセント、変です」
な・ん・じ、とあなたはゆっくり言い直してくれました。
冗談じゃありません。本気で僕がその言葉を発したら、とんでもないことが起こります。
すでにお察しのとおり、僕は普通の人間ではありません。
言葉によって自然を操る者、「言霊使い」だからです。
口ごもる僕を、あなたは責め立てました。
「できないんですか? どうして?」
それは、としどろもどろに答えたその時です。
公民館の中から、高らかにクラシック音楽が鳴り響きました。
ビバルディ『四季』の中の「春」でした。
「樫井さん……!」
あなたがそうつぶやいて公民館の中へ駆け込んだおかげで、僕は危険なひと言を口にしないで済みました。
雨雲はすでに去り、空は再び冷めた青色を取り戻していました。