稲妻の蛇

文字数 667文字

 これは憶測ですが、言霊「ほむら」と共に、横笛の技も引き継がれたのではないでしょうか。
 豹真の挑戦のはじまりでした。闘いぬかなければなりません。
 恐れることなく、僕は祝詞の文句を口にしました。
 
 始めさもらへ、始めさもらへ……

 そのとき横笛の音は止まりましたが、そのくらいのことで、始まってしまった神楽を止めることはできなかったでしょう。
 ましてや、伝統の「日御子神楽」に気を取られている関係者と観客に、豹真の操る「ほむら」が聞こえるわけがありません。
 体中を悪寒が走り、豹真の言霊が動き始めたのが分かりました。

  火の立つや、火の立つや、一・二・三・四、炎立つ……。

 急がなければなりません。僕は目を閉じ、心の中に閃く稲妻と向き合いました。心の闇の中を疾走する、閃光の蛇と。やがて、身体の中をぞろりと這うものがありました。これが、僕の中に潜む「ナジ」です。
 
  日御子の宣らしたまふや、汝このくにに来してひととせ、ふたとせ、長きにわ たれば、とこしえの恵みを賜はん。

 祝詞に乗せて、僕は心の中の「稲妻の蛇」を天空へと解き放ちました。
 誰にはばかることもないのなら、雷を呼ぶことなど造作もありません。たちまちのうちに空には暗雲が立ちこめ、満開の桜が照らすこの町を薄暗く覆い隠しました。
  しかし、豹真も本気でないわけがありません。恐らく誰も気づいていなかったでしょうが、僕や理子さんの衣装からはうっすらと煙がたちのぼっていました。さらには、会場のあちこちにあるテントやのぼり、そして祭壇からも……。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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