2つの正義

文字数 676文字

 僕はずぶ濡れのまま、豹真に追いすがりました。慌てていたので、傘を開くのもそこそこに、「違う」とだけ告げました。
 どっちでもいいが、と前置きして、豹真は本題に入りました。
「まだ、あのへたくそな祝詞を続ける気か」
 ああ、とだけ答えると、豹真は「分かった」とだけ言って歩を早めました。急いでついていくと、煩わしそうな問いが帰ってきました。
「つまり、本番までお前の力をごまかし通すということだな」
 そんなことは当たり前だ、とはっきり言い返しました。それが言霊使いの掟です。しかし、豹真の考えは違っていました。
「力を知られないことと、隠すことは違う。お前は、普通の人間じゃないことをそんなに恥じているのか?」
 恥じてなどいません。父が先祖から受け継ぎ、人生を懸けて僕に伝えた力を、僕は誇りに思っています。
 そう告げると、間髪入れずに「だったら」という言葉が返ってきました。
「堂々と使うべきだ。優れた者が正しく評価されず、劣ったものが大きな顔をしているのは、間違っている」
 それが間違いなんだ、と反論が、自然に口をついて出てきました。なぜだか分かりません。ただ、間違いなく言えるのは、そのとき僕は豹真の顔を見ていなかったということです。背後に追いすがったから当然といえば当然なのですが、あの歪んだ笑みを思い出すのが嫌で、議論する相手の顔を想像することさえしませんでした。
 むしろ、考えていたのは理子さんのことです。前日の大雨の中でまっすぐに立ち尽くしていた、理子さんの姿です。
 あんなことだけはもう二度と許すまい、それだけを考えていました
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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