真珠のしずくと少年の覚悟

文字数 861文字

 ムカッときました。
 確かに、僕の頭はたいしたことありません。せいぜい人並みより……ちょっと上だと思いたいですけど。
 でも、はじめて渡された昔の言葉をきちんと読めなかったくらいでそこまで言われる筋合いはないと思います。
 それでも、「まあ、一応」としか答えられなかったのは、ひとえに僕の性分のせいですが、それでもあんなに怒られるとは思いませんでした。
「じゃあ、それなりの意地と見栄を見せてください。二人合わせてもせいぜい五分くらいの掛け合いを覚えるだけなんです」
 決して、意地も見栄もないせいではありません。そもそも、あの場で見せる必要がなかっただけです。
 さらに、もう1つ理由がありました。
 僕には、口にしてはいけない言葉があるのです。
 あのとき、口ごもったのも、そのせいでした。
 それなのにあなたは、僕にそれを繰り返させようと迫りましたね。
「汝(なんじ)って、読めませんか?」
 読めないのではありません。うかつに読んではいけないのです。読んだら最後、とんでもないことが起こります。
「読めませんか?」
 一歩進んで詰め寄られて、途方に暮れました。
 どうしても読まなければいけないのか? そもそも、何でここまでムキになるのか?
「これ、読んでもらわないと困るんです」
 ぐいと眼前に迫られて、僕は思いました。
 ……帰っていいんじゃないか?
 朝から呼び出されて、訳のわからないものを読まされて、読まないで済まそうとしたところを責められる。
 僕には何の非もありません。雰囲気的に反論は無理ですが、黙って帰るのは難しくないはずです。
 相手は年下の女の子ですから。
 そんな卑劣なことまで考えたそのとき、僕はあなたの目に光るものに気づきました。
 真珠のしずくにも喩えられるもの……涙です。
 そのとき、空はうっすらと白くなりました。春の風が一瞬だけ、天から吹き降ろしてきました。その風にむざと落とすに忍びなく、僕は覚悟を決めました。

 始めさもらへ、始めさもらへ、日御子の宣らしたまふや、汝……
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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