最後通告

文字数 624文字

 だから、豹真がこんなことを言っても全く気になりませんでした。
「言霊使いが、ろくにしゃべれもしない姿を人前にさらすんだ。掟を共にする仲間たちに対して、何とも思わないのか」
 それを言われると弱いのです。普通の人とは異なる存在である僕たちが生きていくには、仲間同士の助け合いが欠かせません。それは、幼い頃から父に叩きこまれてきたことです。
 そう考えると、豹真の気持ちも無視できないのでした。
 平日の昼時で、田舎町の道路にはそれほど人も車も通りません。誰の姿もないのを確かめてから、僕は傘を投げ出して豹真に頭を下げました。
 豹真は慌てて傘を拾い、腰を折った僕の姿を隠すように差し掛けました。
「おい、何のつもりだ」
 豹真は相当うろたえていました。チャンスです。僕は年下の男の子に必死で頼みました。
「腹立たしいのは分かる。だけど、君があと数日だけ目をつぶってくれたら……」
 再び傘が路面に転がりました。返事がありません。身体を起こすと、豹真は、もう遥か遠くにいました。
 今度は僕がうろたえました。さすがに傘を拾うだけの余裕くらいはありましたが、それこそ転びそうな勢いで追いかけます。声が届きそうな距離まで来て、ようやく「待って」とだけ言うと、低いかすれ声が「近寄るな」と拒みました。
思わず立ち止まると、一方的な通告が聞こえてきました。
「お前があのままの祝詞を上げる気なら、理子が火傷を負うことになる」
 豹真はやる気だと直感しました。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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