もう1人の言霊使い

文字数 557文字

 しかし、「春」の曲はすぐに止み、この隙に帰ろうとした僕の足は止まりました。
 背後の戸が開いたのです。
「あの、とね……さん?」
 刀根と刀祢、どちらを書くのか分からないままにウロ覚えの名前を呼ぶと、返事をしたのは男の声でした。
「刀に根っこと書いてトネだ」
 振り向くと、そこには小柄な少年が立っています。
「理科の理に子供で、理子。今、自分の稽古をつけてもらってる」
 上目遣いに僕を睨みつけるなり、初対面の僕に理子さんよりも失礼なことを言いました。
「面汚し」
 男が相手なら何の気兼ねもいらないはずですが、僕はやはり何も言えませんでした。
 畳み掛けながら見つめるそのまなざしには、背筋がぞっとするような何かがあったのです。
「檜皮和洋。俺はお前を知ってる」
 まさか、と思いました。ひとつだけ、心当たりがあったのです。
 僕は尋ねてみました。
「君も?」
 彼は頷きました。
「樫井豹真(かしい ひょうま)。覚えておけ」
 同じ言霊使いがそんなに簡単に出会うものか、と思うかもしれませんが、僕たちの同類は結構、あちこちにいます。お互いに連絡を取り合い、血筋と技を受け継ぐには何かと不便の多い世の中を、助け合って生きているのです。
 実際、僕と父がここへやってきたのも、仲間内の紹介があったからなのです。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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