正論か挑発か

文字数 660文字

 僕は困りました。
 理子さんとの闘いは、豹真の勝ちです。理子さんの前で、僕は祝詞を上げることができません。しかし、僕を心配してくれた理子さんに、「邪魔だから帰れ」とはとても言えませんでした。
 しかし、帰るどころか、押し黙ったまま棒立ちになった僕に代わって口を開いたのは理子さんでした。
「それは、私の言葉ってことにしてくれませんか?」
 何、と豹真が目を剥くのも構わず、理子さんは舌鋒鋭く責め立てました。
「忙しいんです、私。受験生なんです。いいんですよ、帰っても。そのときは、神楽もやりません。母が何と言おうと。樫井さん、責任とってもらえますか?」
 豹真は大岩の上に立ちあがりましたが、それはまるで低い身長を補おうとでもするかのように見えました。実際、その物言いは偉そうでしたが、声は震えていました。
「俺に、何の責任があるって?」
 理子さんには分かるはずもありませんでしたが、その朝の爆発事件に限っていえば、豹真は図星を突かれた形になります。現に、僕の身体には、既にあの悪寒が這いこんでいました。しかし、理子さんを止める術はありませんでした。
「この日御子神楽ができなくなったとき、これに関わっている人たち全員を納得させる責任です。それができないのに難癖だけつけるなんて、口答えを覚えた幼児のすることです」
 豹真の口元が歪んだのを見たとき、まさか、と僕は思いました。朝に起こったカセットコンロのことが思い出されました。さかのぼって、「バカはどれだけ傷ついてもいい」、そして、「使ったさ、言霊も、頭も」……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み