少女の正論

文字数 796文字

 特にこだわったのは、理子さん、あなたでしたね。
 別に責めているのではありません。当然のことです。
「まじめにやってくれませんか、檜皮さん」
 はじめて名前で呼んでもらえて、なんだかくすぐったい気持ちがしましたが、理子さんの言葉は辛辣で、心が折れました。正直。
「遊んでるんじゃないんです、私も、町内会の人たちも。そんなところでわざとふざけるなんて、小学生男子のすることです」
 ひとこと多いな、と思いましたが、そこは黙っていました。代わりに町内会長さんがなだめてくれましたよね。
「そこはほれ、男の子やし、大目に見たってくれよ」
 全然フォローになってないのですが、僕は素直に感謝しました。心の中で。
 しかし理子さんは、大人相手にきっぱり言ったものです。
「朝早くから、お店やなんかお忙しいのに、ありがとうございます。でも、私の場合は頼まれたのではありませんし、自分で名乗り出たわけでもありません。あくまでも母が申し入れたことです。行事ではありますし、母の立ってのお願いでもありますので、お役目は果たします。でも、それならそれなりのことをしたいと思っておりますので、宜しくお願いします」
 だいたい、こんな感じだったかと思います。
 僕は呆然と見てましたし、大人も唖然としていました。
 やがて、練習は再開されましたが、やっぱり僕は「なんじ」をはっきり言うことができません。言葉も、できる限り差し替えてみました。

  始めさもらへ、始めさもらへ、日御子の宣らしたまふや、なれ……
  始めさもらへ、始めさもらへ、日御子の宣らしたまふや、うぬ……

 しかし、どれだけやってもダメを出され、大人たちは露骨にうんざりした顔で僕を眺め、理子さんは溜息を吐き続けました。
 とうとう、シビレを切らしたらしい町内会長さんが前日と同様に休憩を提案した、そのときでした。
 あの事件が起こったのは。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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