ヒノキとトネリコの出会い

文字数 659文字

 出会った時から、印象は最悪じゃありませんでしたか?
 桜どころか、まだ朝晩が肌寒い頃、町内会長さんから「こちら、とねりこさん」と、あなたを紹介されたとき、ストーブの前でぼうっと座っていた僕は返事をしませんでしたね。
 こう思ったからです。
「何でガーデニングの話なんか?」
 そのくらい、僕の気持ちは動転していました。
 あの山間の町に転校して一週間は、新居の準備やら制服の仕立てやらで町内を走り回り、それがようやく一段落ついたところで、いろいろ親切にしてくれた町内会長さんが「頼みがあるけんども」と話を持ち掛けてきたのが前日、四月一日。
 ワゴンに積める程度のものしかありませんでしたが、前日までの引っ越しで疲れてしまい、昼近くまで寝ていた僕は、「神楽に出とくれんかな?」と言われて「カグラ」という言葉の意味を聞き返すことなく、呆けた頭のままで「はい」と返事をしてしまったのです。
 夜遅くになってやっと転職先の年度初め業務から帰ってきた父は、僕の話を聞くなり「勝手に決めるな」とだけ言って寝てしまいました。
1日明けて迎えに来た町内会長に招かれるまま、黒のジャージ姿でにたどり着いたのは、町内の小さな公民館でした。
 そう、あなたと出会った「日御子(ひのみこ)神楽」の稽古場です。
 大きなアンプがある割には石油ストーブのガンガンに焚かれた部屋の畳に上がるなり、僕は神楽の祝詞(のりと)を渡され、大勢の大人の前で読まされたのでした。

 始めさもらへ、始めさもらへ、日御子の宣(の)らしたまふや、汝(なんじ)……
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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