少女の抱える哀しみ

文字数 599文字

 止せばいいのに、身内の気安さで、つい余計なことを言ってしまいました。
「来年は有馬に来るんじゃない?」
 樫井豹真は急に背中を向けて言いました。
「刀根理子の親父は勿来高校の理事だぞ、どうでもいいが」
 僕は「へえ」というしかありませんでした。本当にどうでもいいことだったのです。むしろ、続く言葉のほうが問題でした。
「くれぐれも言っとくが俺たちの力は、隠すことなんかない。見るに堪えないから止めてやったけど、次はやれよ」
さらに、公民館の戸に手を掛けながら付け加えたのは、これです。
「こないだ持ってた入学案内見たら、県庁所在地にある進学校のだったぞ」
 そこで入れ替わりに理子さんがやってきたので僕たちの会話は途切れましたが、あの後に掛け合いをやってみたんでしたね。
 もちろん、さんざんだったと思っています。
「早うやって早う終わっとくれん? 受験生やもん、私」
 町内会長さんにそう言っていた理子さんですが、僕が大人から何度ダメ出しをされても、自分の番が来ないことに表情も変えず、ずっと同じところに立っていましたが、余計なことは何一つ、冗談はおろか不平不満さえも言いませんでした。
 お囃子のCDを流すプレイヤーのボタンを押す樫井豹真はと見れば、その指にムダな力が入り、デッキを壊すのではないかとさえ思われました。

  始めさもらへ、始めさもらへ、日御子の宣らしたまふや、(なれ)……
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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