春の空を駆ける稲妻

文字数 477文字

 荒い息をつきながら、豹真は言いました。
「服着ろよ」
 もう、服から煙は出ていませんでした。
 言われなくても、と腹の中で毒づきながら、僕は脱いだ服の砂を払って再び身に付けはじめました。
 豹真は諦めたのか、ものも言わずに背を向けて、歩み去っていきます。僕はようやく安心することができました。
 しかし、羽織ったジャージのファスナーを上げたとき。
 あの悪寒が、再び襲ってきました。
 僕はとっさに叫びました。

  な、なじ、なんじ、にじ、とよみなれ! (汝、蛇、汝、虹、響み鳴れ!)
  
 彼方の山の向こうが一瞬だけ陰り、稲妻が一瞬閃いたかと思うと、微かな轟きが聞こえました。
 これが、僕の言霊です。「なじ」「なんじ」あるいは「にじ」。
 どれも「蛇」を意味する古代の言葉に由来するものですが、その時代には稲妻も「天空を駆ける蛇」と捉えられていたらしく、それが言葉に力を持たせる源となっているようなのです。
 遠い空で雷が鳴った瞬間、ぞっと来る感触は失せました。振り向いて見ると、ごつい大岩が転がる山の中の採石場から、豹真の姿は消えていました。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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