巫女の哀しみ

文字数 626文字

 幼い頃は何とも思いませんでしたが、年月が立つほどに、他の子供たちとの違いを感じるようになりました。
 言霊というものを使う人がこの町にいたらしいということも母から聞きましたが、いつのことかも分かりませんでしたし、そもそも互いに関わるものではないと言われてもいたので、気にすることもなく、ひたすら母に従って、この家に伝わる業を学んできたのです。
 仲間と遊ぶこともせず、母について山を歩き、川に沿って歩き、たまに海に行けば人目につかないところで水を浴びて天に向かって叫ぶ……。
 そうすることで、私の体の中には自然の動きと共にある泣き笑いが生まれてきました。
  この町を出て、母から、家から離れれば、そんな思いをしなくても済むかと思うようになりました。それを実現するためには、母に物を言わせるわけにはいきません。
 私は、神楽を完全に仕上げて、その上で家を離れるのを主張しようと考えていたのです。
 私の、私だけの、かけがえのない心を解き放つために。
 想像もつかないことかと思いますが、これは恐ろしいことでもあります。
 私が自然と共にあるということは、自然が私と共にあるということでもあるからです。
 自然の変化は私の感情を豊かにしてくれますが、私の感情は自然を豊かにはしません。
 私が笑えば山も笑い、草花も芽吹くかもしれませんが、怒り、泣けばそれらは枯れ果ててしまうかもしれません。
 それに気づいたとき、私は泣き、また笑うことをやめました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み