母の、まなざし
文字数 794文字
女の子と関わったことがなかったので、そういうものかと思ってついていくことにしましたが、実際はどういうものなのでしょう。
古い街灯にぽつぽつと照らされる道を歩きながら、理子さんは祭のことを教えてくれましたね。
……遠い神代の昔、収穫のない貧しい村で行き倒れになった一人のよそ者が、村人の看病空しく命を落とした。死ぬ間際に、よそ者は、自分の身体を山の頂上に埋めるように頼んだ。村人がその通りにすると、その冬、食料が絶えた村に多くの獣が下りてきて人々に捕えられ、命をつなぐ糧となった。やがて春が巡ってくると村はほどよい雨と日差しに恵まれ、さらに夏を過ごした後、その年の秋は豊かな実りに恵まれた。そこで村人は、あのよそ者が外から訪れた神であることを知り、再び山へ送るために祭を始めたという。
長い話だったので、気が付いたら僕たちは、理子さんの家の前に立っていました。
家というより、屋敷ですよね、あれ。
長い長い坂を上ったところにごっつい門があって、その向こうから母屋の二階が見えるんですから。
理子さんがインターホンで何か話すと、女の人が美しい声で答えたので、たぶんお母さまがいらっしゃるのだろうと思いました。豹真の話ではたいへん厳しい方だと聞いていたので身構えていましたが、門を開けてでていらっしゃったのは物腰の優しい、たおやかな女性でした。
「暗いところを、わざわざ済みません」
丁寧に頭を下げられてすっかり恐縮してしまい、上がってゆっくりしていったらというお愛想もしどろもどろでお断りしてさっさと逃げてきましたが、そのとき背中に感じた理子さんの視線は、これまででいちばん冷ややかだった気がします。
帰宅した僕を出迎えた父は、「決まったか」とだけ尋ねました。僕は努めて平生どおりに、「ああ」とだけ答えました。父は「そうか」と言っただけで、あとは何も聞きませんでした。
古い街灯にぽつぽつと照らされる道を歩きながら、理子さんは祭のことを教えてくれましたね。
……遠い神代の昔、収穫のない貧しい村で行き倒れになった一人のよそ者が、村人の看病空しく命を落とした。死ぬ間際に、よそ者は、自分の身体を山の頂上に埋めるように頼んだ。村人がその通りにすると、その冬、食料が絶えた村に多くの獣が下りてきて人々に捕えられ、命をつなぐ糧となった。やがて春が巡ってくると村はほどよい雨と日差しに恵まれ、さらに夏を過ごした後、その年の秋は豊かな実りに恵まれた。そこで村人は、あのよそ者が外から訪れた神であることを知り、再び山へ送るために祭を始めたという。
長い話だったので、気が付いたら僕たちは、理子さんの家の前に立っていました。
家というより、屋敷ですよね、あれ。
長い長い坂を上ったところにごっつい門があって、その向こうから母屋の二階が見えるんですから。
理子さんがインターホンで何か話すと、女の人が美しい声で答えたので、たぶんお母さまがいらっしゃるのだろうと思いました。豹真の話ではたいへん厳しい方だと聞いていたので身構えていましたが、門を開けてでていらっしゃったのは物腰の優しい、たおやかな女性でした。
「暗いところを、わざわざ済みません」
丁寧に頭を下げられてすっかり恐縮してしまい、上がってゆっくりしていったらというお愛想もしどろもどろでお断りしてさっさと逃げてきましたが、そのとき背中に感じた理子さんの視線は、これまででいちばん冷ややかだった気がします。
帰宅した僕を出迎えた父は、「決まったか」とだけ尋ねました。僕は努めて平生どおりに、「ああ」とだけ答えました。父は「そうか」と言っただけで、あとは何も聞きませんでした。