伝えられた横笛の音

文字数 643文字

 さて、それから数日、豹真は練習にやってきませんでした。問題の「なんじ」の辺りは当日のぶっつけ本番という、良識があれば普通はやらないスケジュールで進める練習に文句をつける者はなく、神楽は当日を迎えました。
 桜、満開。
 僕は神主の、理子さんは鈴の房を手に、金色の冠を戴いた巫女の衣装に身を包み、既にイベントや屋台のテントで一杯になった役場の駐車場の端に設置された、割と地味な祭壇の上で出番を待っていましたね。
 日曜の四十万町は満開の桜と春祭りの人出で、春の祭典一色でした。
 それこそ、豹真の愛するビバルディの『四季』にある「春」の曲がよく似合うだろうと思われる日だったのです。
 ところが、その豹真は集合時間になっても来なかったので、町内会の大人が代わりにBGMを務めることになっていましたが、トラブルはまず、そこで起こりました。
 横笛の音が出ないのです。
 町内会長が慌て初め、町内会のスタッフがどたばた走り回り、それに気づいた観客も騒ぎ出しました。
 僕がそこで真っ先に考えたことは、豹真のいやがらせだということです。
 それならそれでいいと思いました。神楽ができなければ決闘は無効。闘わなくていいし、理子さんをはじめとして、傷つく人は誰もいません。
 しかし、世の中はそんなに甘いものではないようでした。
 アンプからは音が出ていないのに、お囃子の横笛はどこからか聞こえてくるのです。
 僕の頭の中に、あの捨てゼリフが蘇りました。

 ……だったら、俺が吹いてやるよ……!
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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