父の過去

文字数 664文字

 その夜のことです。
 残業を済ませて帰ってきた父が、ポストの中にあったという封筒を僕に渡しました。
 封を切って中を見ると、新聞広告を切って作ったらしいメモに、こう書いてありました。

  神楽の最中の決闘。手加減無用のこと。

 父は封筒のことは何も聞かず、黙って正座しました。僕も父の前に座りました。
メモは膝の前に伏せ、聞いてみました。
「見ますか?」
 いいや、と父は答えました。僕に決めさせる以上、聞く必要もないのでしょう。
 すると、正座したのはなぜか?
 その答えは、父の質問にありました。
「お前は、豹真の父のことを知っているか?」
 少し、と答えると、信じられない答えが返ってきました。
「彼が死んだ原因は、私だ」
  豹真が言霊を使うときと同じような悪寒が全身を走りましたが、その話は、重い割には単純でした。
 若い頃の父は、今の豹真と同じことを考えていたのだそうです。
……普通の人間とは違う力を持ちながら、なぜ世間の片隅に隠れて生きなければならないのか。
 力に溺れるあまり、裏社会に沈みそうになった父を、豹真の父は懸命に止めたのだそうです。
 それを聞かなかった父に、豹真の父は決闘を挑んで破れました。
 父の雷撃は、命を奪いこそしませんでしたが、呼吸器や声帯、舌の機能を破壊し、言霊はおおろか笛の業さえも封じてしまったのです。
 こうして豹真の父は早逝し、母はこの地を離れた結果、生活の無理がたたって病に倒れました。それを悔いた父は、父は言霊を伝えはしても、使うことを自らに固く禁じたのでした……。
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登場人物紹介

檜皮和洋(ひわだ かずひろ)

 父と共に不思議な力を秘めて流浪する少年。頭はそこそこ切れるが引っ込み思案で、自分も他の人も傷つけるまいという思いから、重大な決断からはつい逃げてしまう。

 しかし、追い詰められたときに発する力は、大気をも震撼させる。

樫井豹真(かしい ひょうま)

 超自然の力と屈折した思いを秘めた、小柄ではあるが危険な少年。冷酷非道に見えるが、心のうちには自分の力への誇りと、同じ力を持つ者たちへの熱い思いが秘められている。

刀根理子(とね りこ)

 冷淡な言葉の裏に、激しい上昇志向を秘めた少女。自分には厳しいが他人にも厳しく、年長者にも妥協しない。

 物静かだが。判断は早く、行動力にあふれている。時機を捉えれば、最小限の手間でやるべきことをやり遂げる

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