第2話 店の名前はトロイメライ『Träumerei』 『夢』という意味です(1)

文字数 1,553文字

 その建物は、名古屋の平和公園から徒歩で十分ほどの閑静な住宅地の中にあった。
三角と四角を重ね合わせたような三角屋根の建物は、幼い頃に遊んだ積み木を連想させた。
店舗というよりは倉庫に近い感じがする。

── 月森シンスケの経営する店であり、仕事場である。

 正面にはしっかりとした、木枠の重厚なガラス張りの大きなドアがある。ドアは観音開きで、ドアと一体感を持たせた少し大きめのショーウィンドがあった。そのことで初めて、家具を扱っている店舗であることがわかった。
外観の壁は、コンクリートによる打ちっ放しである。正面ドアの上部には、均等に並んだ
1メートルほどの正方形のガラス窓が三カ所、コンクリートの壁に埋め込まれている。
この明り取りの窓が、ショーウインドウに並べられた家具に、とても良い効果を与えていた。
 
           ── トロイメライ『Träumerei』 ──

 入口のドアの上に楕円形の大きな木製の看板が掛かっている。そこにカービングで文字が彫られていた。── 『Träumerei』 

 月森シンスケの妻であるキョウコは、初めて店を訪れた客に店の特徴をこのように話し始める。

「オーナーの月森の(こだわ)りで、ヨーロッパ家具のビンテージ物を中心に販売しています」
── 特にドイツ家具、北欧インテリアのノルウェイやフィンランド、スウェーデン家具、加えて、天童(てんどう)仮谷(かりや)などといった国内メーカーなども扱っている ──ことを。

さらに、
「インテリアとしての小物類などにも力を入れています」 と、
とても清潔感のある優しい笑顔で説明するのだ。

シンスケは妻の傍らに立つと、いつもその説明を優しく包み込むように聞いていた。
そして、決まって彼女の話を引き継ぐように、

「テーブルは、ドイツの『アンティーク』です」
「『アンティーク』と呼ばれる品は、製作されて百年以上経ったものです。それ以外は、『ビンテージ』として扱われます」 と言い、

「Träumerei」で扱う商品は、ほとんどが『ビンテージ』で、所謂(いわゆる)、中古品であることを話すのである。

「ただ、とても大事に使われてきた品を買い付けて販売しています」
そう言って、家具や雑貨の説明をするのである。 

そうして顧客と話が弾むと、彼が何故北欧デザインの家具を中心に扱っているのかを、身振り手振りを交え話始めるのであった。

「1930年代にドイツの「バウハウスデザイン」が、ノルウェイにも押し寄せました。
そうして、ノルウェイの家具は著しく発展が始まったのです」 

── 農業国として貧しい国であったノルウェイで、1970年代に北海油田が発掘された。それにより一気にエネルギー輸出大国となった。結果、ノルウェイはデザインにおいて、競争による国力の優位性を保つ必要が無くなった。その為、近隣のデンマークやスウェーデンといった北欧諸国との間に、デザインでの格差が生まれることとなったのである ──

「私がノルウェィ・デザインが好きなのは、機能性が最優先で、審美的な表現にあまり重きを置いていない点です」
「そこに、素朴で控えめなかわいらしさがある。と思うのです」

それこそが、
「『柳宗悦(やなぎそうえつ)』が提唱した民藝運動に通ずるのではと感じています」 と言い、

「ただ、経済の発展だけではない、デザインよりも機能性を重視するノルウェイ人の国民性が
大きく影響していると思うのです」 
と、シンスケは続けるのだ。

妻のキョウコは、夫のそのような姿を愛おしそうに眺めていた──。

シンスケが、このように北欧デザインの中でも、
「ノルウェイ・インテリアが一番の好みなんです」 と、
「熱く語った」その日の夫婦の夕食は、特別なものになっていた。

子供のいない月森夫婦にとって、
「Träumerei」で共有する二人の出来事は、かけがえのない時間であった。


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登場人物紹介

月森シンスケ 1945年生まれ。名古屋で輸入家具店を営む。趣味はモダンJazz鑑賞。探偵小説を愛する。特に、レイモンド・チャンドラーのフィリップマーローと、ロバート・B・パーカーのスペンサーが大好き。

月森キョウコ 1949年生まれ。月森シンスケの愛妻。趣味は音楽鑑賞 浜田省吾の大ファン。1991年、急性再生不良性貧血症にて急逝する。42歳であった。

藤川モモコ 1957年生まれ。トロイメライの主任スタッフ。1983年結婚するも4年後に離婚。子ども一人。

福珠宗海 1923年生まれ。台湾生まれで、沖縄在住。福珠流唐手十代目総師。

福珠 華 1945年生まれ。沖縄県の糸満で育つ。福珠宗海の養女で、息子健心の許嫁。

石田貴史 1959年生まれ。特定郵便局長。月森夫婦の友人。

松木 幸 1947年生まれ。伊賀で桃幸窯を開き活動している陶芸家。曜変天目茶碗に魅せられる。

杏梨(シンリィ) 1916年 福建省で生まれる。厦門で月森シンスケの恋人になる。

月森鷹三 1902年生まれ。シンスケの祖父。台湾で教師を務めていた。終戦後、名古屋で鉄工所を営む。

月森森一 1927年生まれ。シンスケの父。鷹三の後、鉄工所を継ぐが、1970年43歳で急逝。

李五元 福建生まれ。南少林寺にて修行する。陳近南の娘を守り、琉球に逃れる。沖縄に、李少林拳を伝える。それが後に、福珠流唐手となる。

陳李娘 陳近南(永華)の娘。鄭成功の孫である鄭克蔵の妻。鄭家の内紛で命を狙われる。夫の克蔵は惨殺されるが、李娘は、李五元により助けられ琉球に逃れる。その後、鄭成功の弟である田川七左衛門の庇護により、克蔵の子を産み、その後、その血統は福珠家により守り続けられる。

田川雪姫 1916年生まれ。台湾で生まれ育つ。鄭成功の直系の女性。福珠家、月森家と親密な関わりを持つ。大東亜戦争の沖縄戦により亡くなる。29歳であった。

馮炳文(ふうへいぶん) 1934年 厦門で生まれる!? 父親は馮正如、母は陳杏梨。三邑興業会長。

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