第2話 店の名前はトロイメライ『Träumerei』 『夢』という意味です(1)
文字数 1,553文字
三角と四角を重ね合わせたような三角屋根の建物は、幼い頃に遊んだ積み木を連想させた。
店舗というよりは倉庫に近い感じがする。
── 月森シンスケの経営する店であり、仕事場である。
正面にはしっかりとした、木枠の重厚なガラス張りの大きなドアがある。ドアは観音開きで、ドアと一体感を持たせた少し大きめのショーウィンドがあった。そのことで初めて、家具を扱っている店舗であることがわかった。
外観の壁は、コンクリートによる打ちっ放しである。正面ドアの上部には、均等に並んだ
1メートルほどの正方形のガラス窓が三カ所、コンクリートの壁に埋め込まれている。
この明り取りの窓が、ショーウインドウに並べられた家具に、とても良い効果を与えていた。
── トロイメライ『Träumerei』 ──
入口のドアの上に楕円形の大きな木製の看板が掛かっている。そこにカービングで文字が彫られていた。── 『Träumerei』
月森シンスケの妻であるキョウコは、初めて店を訪れた客に店の特徴をこのように話し始める。
「オーナーの月森の
── 特にドイツ家具、北欧インテリアのノルウェイやフィンランド、スウェーデン家具、加えて、
さらに、
「インテリアとしての小物類などにも力を入れています」 と、
とても清潔感のある優しい笑顔で説明するのだ。
シンスケは妻の傍らに立つと、いつもその説明を優しく包み込むように聞いていた。
そして、決まって彼女の話を引き継ぐように、
「テーブルは、ドイツの『アンティーク』です」
「『アンティーク』と呼ばれる品は、製作されて百年以上経ったものです。それ以外は、『ビンテージ』として扱われます」 と言い、
「Träumerei」で扱う商品は、ほとんどが『ビンテージ』で、
「ただ、とても大事に使われてきた品を買い付けて販売しています」
そう言って、家具や雑貨の説明をするのである。
そうして顧客と話が弾むと、彼が何故北欧デザインの家具を中心に扱っているのかを、身振り手振りを交え話始めるのであった。
「1930年代にドイツの「バウハウスデザイン」が、ノルウェイにも押し寄せました。
そうして、ノルウェイの家具は著しく発展が始まったのです」
── 農業国として貧しい国であったノルウェイで、1970年代に北海油田が発掘された。それにより一気にエネルギー輸出大国となった。結果、ノルウェイはデザインにおいて、競争による国力の優位性を保つ必要が無くなった。その為、近隣のデンマークやスウェーデンといった北欧諸国との間に、デザインでの格差が生まれることとなったのである ──
「私がノルウェィ・デザインが好きなのは、機能性が最優先で、審美的な表現にあまり重きを置いていない点です」
「そこに、素朴で控えめなかわいらしさがある。と思うのです」
それこそが、
「『
「ただ、経済の発展だけではない、デザインよりも機能性を重視するノルウェイ人の国民性が
大きく影響していると思うのです」
と、シンスケは続けるのだ。
妻のキョウコは、夫のそのような姿を愛おしそうに眺めていた──。
シンスケが、このように北欧デザインの中でも、
「ノルウェイ・インテリアが一番の好みなんです」 と、
「熱く語った」その日の夫婦の夕食は、特別なものになっていた。
子供のいない月森夫婦にとって、
「Träumerei」で共有する二人の出来事は、かけがえのない時間であった。