第15話 蒼嵐とは言い得て妙 (4)
文字数 1,688文字
木曜日はトロイメライの定休日である。噂の「
『
「松木先生は、伊賀で窯を開いてらっしゃるんですね。伊賀というと『伊賀焼』ですか」
月森シンスケは、商談室のテーブルに置かれた名刺を見ながら、石田から紹介された松木幸に話しかけた。
「ええ。伊賀の□柱にある[桃幸窯]という窯場で作陶をしています。祖父の代からですが……。私は緑色の釉薬が流れる『伊賀焼』を中心にしています」
そう答えた松木は、父親で陶芸家であった
── 父親である松木栄明は、『
「自分は父とは違い、
と、松木幸の言葉を聞いたシンスケは、
(同じ職業を選ぶ親子って、お互いにどうなんだろうか……)
ふと、そんな好奇心にも似た思いが頭を過った。
墨を流したような古い木箱の中に、その茶碗は収められていた。墨のような文様は黒柿である。そして、墨色模様のない箱の底には、経年でかなり薄くなってはいたが、「
松木は、シンスケに
「おおっ…… ほお〜っ!!」
感嘆とも溜息ともつかない声が、松木の口をついて出た。
「本物ではないか……」
石田は、松本の漏らした言葉で直感的にそう思った。
それほどに松木の掌にある茶碗は、四方に耀を放ちオーラを纏っていた。松木は、無言のまま茶碗の見込みに視線を落とし、ゆっくりと周辺の模様を舐めるように静かに見つめていた。沈黙が続いた。それほど彼は魅入られていた。暫くして、
「どうです? 松木さん」 と、
石田が痺れを切らし話しかけた。
その言葉で松木は我に返ったように、目を瞬かせながら、
「本物の『曜変天目茶碗』か、どうかは解かりません。ただ、見事な天目茶碗であることは間違いない。時代的にも現代に焼かれたもんやないと思われますが……」
「そうですね。年代の判別は、私の知識では無理ですんで、専門に『曜変天目』を研究されてる先生に鑑定してもらうのが
それだけ言うと、
再び茶碗の感触を掌で確かめるように、暫く、いや ──かなりの間、見つめていた。
そしてハッとしたように我に返えると、そっと錦糸の布に茶碗を包み、慎重に墨流しの木箱に収めた。
「ところで、拝見した天目茶碗ですが、私などの力量では、『
「そう、色といい形といい……。ただ、曜変が意図的に重ね塗りして描かれたもんか、それとも内部から自然に変容し、碧い宇宙を思わせる耀を放っているんか、私には見分けがつきません」 さらに、
「陶芸家の中には、『曜変天目』を再現するのを一生の仕事と決め、作陶を続けている作陶家が何人かおります。──私の父もその一人でしたが、数年前に亡くなりました」
──存命であれば、父に見せたかった。と、残念そうに話した。
「『曜変天目』の再現を目指している人に見せてはどうですか? 私にも紹介できる作陶家はおりますが……」
松木の提案に対し、月森シンスケは、
「松木さん、申し訳ありません。この茶碗のことは、誰にも話さないでほしいのです。というのもこの茶碗の存在は、つい最近まで私自身も知りませんでした。ある人の指摘により、この茶碗を発見するに至りました。その方から茶碗の存在を公にすることを戒められています」
それだけを答えるに留めた。