第15話 蒼嵐とは言い得て妙 (4)

文字数 1,688文字

 石田と松木幸(まつきこう)の二人は、ゴールデン・ウイーク明けの木曜日にトロイメライを訪れた。
木曜日はトロイメライの定休日である。噂の「曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)」を見るには好都合であるとのことで、その日を鑑定日に選んだ。

桃幸窯(とうこうがま) 松木 幸 伊賀市□柱八四六』

「松木先生は、伊賀で窯を開いてらっしゃるんですね。伊賀というと『伊賀焼』ですか」
月森シンスケは、商談室のテーブルに置かれた名刺を見ながら、石田から紹介された松木幸に話しかけた。

「ええ。伊賀の□柱にある[桃幸窯]という窯場で作陶をしています。祖父の代からですが……。私は緑色の釉薬が流れる『伊賀焼』を中心にしています」 
そう答えた松木は、父親で陶芸家であった栄明(えいめい)についても次のように語った。

── 父親である松木栄明は、『粉引(こびき)き』と呼ばれる白い土を施した陶器に赤絵などを施す白絵を得意としていた。が、あるときから天目茶碗の作陶に傾倒し、亡くなる迄の十五年ほどの時間を天目茶碗の作陶に費やしていた。 ──と。

「自分は父とは違い、穴窯(あながま)で『ビードロ釉』ともよばれる自然釉と格闘しています」
 と、松木幸の言葉を聞いたシンスケは、
(同じ職業を選ぶ親子って、お互いにどうなんだろうか……) 
ふと、そんな好奇心にも似た思いが頭を過った。

 墨を流したような古い木箱の中に、その茶碗は収められていた。墨のような文様は黒柿である。そして、墨色模様のない箱の底には、経年でかなり薄くなってはいたが、「閩窯碗(びんようわん)」と、「芝龍(しりゅう)」という文字の箱書きが墨筆で記されていた。

 松木は、シンスケに言断(ことわ)りを入れると、箱の中の錦糸の布で包まれた茶碗を徐に取り出し、錦糸の布を開いた。その瞬間、その場にいた石田の眼にも、黒地の中に碧い耀を放つ茶碗の姿が飛び込んできた。

「おおっ…… ほお〜っ!!」 
感嘆とも溜息ともつかない声が、松木の口をついて出た。

「本物ではないか……」 
石田は、松本の漏らした言葉で直感的にそう思った。

 それほどに松木の掌にある茶碗は、四方に耀を放ちオーラを纏っていた。松木は、無言のまま茶碗の見込みに視線を落とし、ゆっくりと周辺の模様を舐めるように静かに見つめていた。沈黙が続いた。それほど彼は魅入られていた。暫くして、

「どうです? 松木さん」 と、
石田が痺れを切らし話しかけた。
その言葉で松木は我に返ったように、目を瞬かせながら、

「本物の『曜変天目茶碗』か、どうかは解かりません。ただ、見事な天目茶碗であることは間違いない。時代的にも現代に焼かれたもんやないと思われますが……」

「そうですね。年代の判別は、私の知識では無理ですんで、専門に『曜変天目』を研究されてる先生に鑑定してもらうのが()えかと思います。が……、 それにしても……」 
それだけ言うと、
再び茶碗の感触を掌で確かめるように、暫く、いや ──かなりの間、見つめていた。
そしてハッとしたように我に返えると、そっと錦糸の布に茶碗を包み、慎重に墨流しの木箱に収めた。

「ところで、拝見した天目茶碗ですが、私などの力量では、『曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)』であるとは断定はできません。ただ、素晴らしい茶碗であると思います」

「そう、色といい形といい……。ただ、曜変が意図的に重ね塗りして描かれたもんか、それとも内部から自然に変容し、碧い宇宙を思わせる耀を放っているんか、私には見分けがつきません」 さらに、
「陶芸家の中には、『曜変天目』を再現するのを一生の仕事と決め、作陶を続けている作陶家が何人かおります。──私の父もその一人でしたが、数年前に亡くなりました」
──存命であれば、父に見せたかった。と、残念そうに話した。

「『曜変天目』の再現を目指している人に見せてはどうですか? 私にも紹介できる作陶家はおりますが……」 
松木の提案に対し、月森シンスケは、

「松木さん、申し訳ありません。この茶碗のことは、誰にも話さないでほしいのです。というのもこの茶碗の存在は、つい最近まで私自身も知りませんでした。ある人の指摘により、この茶碗を発見するに至りました。その方から茶碗の存在を公にすることを戒められています」 

それだけを答えるに留めた。


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登場人物紹介

月森シンスケ 1945年生まれ。名古屋で輸入家具店を営む。趣味はモダンJazz鑑賞。探偵小説を愛する。特に、レイモンド・チャンドラーのフィリップマーローと、ロバート・B・パーカーのスペンサーが大好き。

月森キョウコ 1949年生まれ。月森シンスケの愛妻。趣味は音楽鑑賞 浜田省吾の大ファン。1991年、急性再生不良性貧血症にて急逝する。42歳であった。

藤川モモコ 1957年生まれ。トロイメライの主任スタッフ。1983年結婚するも4年後に離婚。子ども一人。

福珠宗海 1923年生まれ。台湾生まれで、沖縄在住。福珠流唐手十代目総師。

福珠 華 1945年生まれ。沖縄県の糸満で育つ。福珠宗海の養女で、息子健心の許嫁。

石田貴史 1959年生まれ。特定郵便局長。月森夫婦の友人。

松木 幸 1947年生まれ。伊賀で桃幸窯を開き活動している陶芸家。曜変天目茶碗に魅せられる。

杏梨(シンリィ) 1916年 福建省で生まれる。厦門で月森シンスケの恋人になる。

月森鷹三 1902年生まれ。シンスケの祖父。台湾で教師を務めていた。終戦後、名古屋で鉄工所を営む。

月森森一 1927年生まれ。シンスケの父。鷹三の後、鉄工所を継ぐが、1970年43歳で急逝。

李五元 福建生まれ。南少林寺にて修行する。陳近南の娘を守り、琉球に逃れる。沖縄に、李少林拳を伝える。それが後に、福珠流唐手となる。

陳李娘 陳近南(永華)の娘。鄭成功の孫である鄭克蔵の妻。鄭家の内紛で命を狙われる。夫の克蔵は惨殺されるが、李娘は、李五元により助けられ琉球に逃れる。その後、鄭成功の弟である田川七左衛門の庇護により、克蔵の子を産み、その後、その血統は福珠家により守り続けられる。

田川雪姫 1916年生まれ。台湾で生まれ育つ。鄭成功の直系の女性。福珠家、月森家と親密な関わりを持つ。大東亜戦争の沖縄戦により亡くなる。29歳であった。

馮炳文(ふうへいぶん) 1934年 厦門で生まれる!? 父親は馮正如、母は陳杏梨。三邑興業会長。

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