第22話 いらよい浜に月は上る 1993 臘月 (3)
文字数 1,667文字
窓から差し込む夕陽の眩しさに、思わず窓のシェードを下ろした。
しばらく目を閉じていると自らの寝息が聞こえ、思わず身体がピクリと反射的に揺れる。
驚いて瞼を開くが、またゆっくりと閉じていく。明らかに昨晩の疲れが押し寄せてきた。
本当に華は、道場を継ぐのだろうか──。
シンスケは、漠然とそんなことを思った。そして、華の数奇な運命に想いを馳せていた。
飛行機の揺らぐような振動音が、彼の身体と記憶を、ターコイズブルーの沖縄の海に身を沈めたように、
── 驚くほどの綺麗な月が出ていた。月森シンスケは華の唄う「島唄」を聞きながら、宗海の語った福珠家と月森家の浅からぬ因縁について思いを巡らせていた。
車座になった三人の前には、碧く耀を放つ天目茶碗が置かれていた。
「真に──漆黒の宇宙(そら)に琉球の島々から放たれた耀のような碧……」
福珠宗海がそう言った後、静かに時間が止った。
長く不思議な夜であった。華の声が切なく胸に迫ってくる。琉球の唄である。
独特な高音の節回しと、訥々と奏でられる三線の音色が深い哀愁を帯びている。
思考はまるで琉球時代にタイムスリップしてしまい、その時代の月の引力の支配下に置かれているようだ──。
纏まりがつかなくなったその思考から離れるようにシンスケは華に尋ねた。
「華さん、『いらよい〜』とはどういう意味ですか……」
静かにフェードアウトした声と音の余韻を残し、華が明るい声で答えた。
「宮古の方言で、『愛しい』とか『懐かしい』とかの意味です」
「島では、昔の若者たちは、今のように遊びが無かったので夜になると、浜辺に集まって話をしたり唄をうたったりしました。この唄も夜に浜辺にでて、昔皆で遊んだなア〜という歌です」
「そうですか…… 切なくて、でも優しくて沖縄の人びとの唄ですね」
シンスケがそう言うと、華は頷きながら
「でも、沖縄の人は強いですよ! 私も含めて」
と答えた。そして、道場に置かれた座卓の横で、酔って横になった宗海に毛布を掛けるために、彼女は立ち上がった。
「私は、福珠家の菩提寺である南空院門前で、奇跡的に拾われたんですよ」
「あの沖縄戦で空爆があった日のよく朝に……」
立ち上がり様にそう切り出した華に、シンスケはどのように答えていいのか分からないでいた。
それを察したのか、眠っていたはずの宗海が言葉を繋いだ。
「爆撃を何とかァ逃れた男ん人がァ、華の入ったクーハンを抱え、ボロボロにィなりながらも南空院の門前までェ届けてくれたんです」
クーハンには、血の付いた産着の赤子と、その子の首にはロザリオが掛けられていた。
そして産着には、「田川 華」と書かれた紙が胸元に挿しはさまれていた。
「それでェ華の母親が、鄭氏にィ繋がる田川雪姫(ユキ)様であるとォ分かりました」
そう、福珠 華の本名は、田川 華といい、後に福珠宗海の養女となったのである。
「タガワ……ユキ……」
月森シンスケは、福珠宗海の一人語りに言葉を失っていた。
「実はァ、陳永華の娘のォ鄭李娘様の縁に繋がる雪姫様はァ、理由あってェ自らのお子様を、お一人で育てようとォしておりました。そしてェ、福珠家は、鄭李娘様に繋がる人をお守りィするのが役目です」
宗海はそこまで言うと、一呼吸おき、
「──そのためにィ、五元禅師の教えを支柱としィ鄭家の血筋と
残念ながら華の母親である田川雪姫は、糸満の礼拝堂で祈りを捧げていた時に、空爆を受け亡くなった。しかし奇跡的に娘の華は名も知らぬ人に助けられたという。
「私はァ、金剛経を教えとした仏徒ですが、これは霊異、神業とォしか考えようがございません」
華の身に起った奇跡をこのように語った宗海は、さらに驚くべきことを語った。
「月森さんのォ お祖父様と私の父とはァ、『三点会』の同士でありました。血の誓約でェ結ばれた義兄弟だったのォですよ」
そう言って、宗海は語り終えた。
宗海の言葉が、あの夢をフラッシュバックさせた。