第46話 夢の終わりは、やっぱりHard Boiled (5)
文字数 1,827文字
『 ──貴方の御父上の森一様と田川雪姫様とは互いに愛し合っておられました。
それを知った鷹三様は、激怒され御二人の仲を認めませんでした。その鷹三様の思いは私、
宗海にも良く理解できます。
鷹三様と我父である宗臣とは親友であり、血で結ばれた盟友でした。その盟友が守ってきた
雪姫様と、自らの息子が恋仲になるとは……。到底許すことができなかったのでしよう。
尚且つ、雪姫様と森一様は、幼馴染と言うには年齢差もあり、雪姫様にとっては、年の離れた弟のように育ってきたた森一様です。
おそらく、鷹三様は鄭成功の長男である鄭経の子、所謂、克蔵のことが頭を
雪姫様が二十八歳、森一様が十七歳── 』
シンスケと華の会話がしばらく続き、電話が切れた後に、
「社長、沖縄の福珠さんからの電話ですか?」
華との会話が耳にはいったのかモモコが聞いてきた。
「ああ、沖縄にも親戚ができたからね。それもかなり濃い──」
そう笑ったシンスケに、
「ところで、華さんは、社長のお姉さんなのですか? 社長は名古屋生まれですよね」
と、モモコが聞き返した。
「実は、オレが兄貴なんだ」と、
はにかんだ様子でシンスケは答えた。
驚いたモモコの様子に、シンスケは恥ずかしそうに綺麗に整髪された髪を撫でると、彼女に初めて福珠宗海からの手紙のことを話した。
──雪姫が産んだ子は、双子であった。男の子は月森家の長男として育てられる。それがシンスケであった。そして、田川(鄭)家の血をひく男子として(あくまでも男系ではないが)、天目茶碗を託した。これは、鄭成功が最後に使ったとされ、国姓爺の名を授けられた隆武帝から、その折に一緒に拝領した茶碗(曜変)であった。茶碗は、弟の田川七左衛門から福珠家に伝えられ、福珠宗臣から月森鷹三に託されたのであった。
そして双子の証として雪姫は、二人の子に同じロザリオを授けたのである──
「ええっ──。それ、本当の話ですか??」
「あっ、ごめんなさい。社長はウソは付きませんよね」
そう言った藤川モモコはまだ信じられない様子だ。
「なかなか、信じられない話だろ……」
シンスケは気恥ずかしさに、眉を大きく上下させて口角少し上げ、顎を撫でた。
そのシンスケの表情は、彼の長い黄昏の終わりを物語っていた。
モモコはチャンドラーもパーカーも知らない。
勿論彼女は、シンスケの顔を見詰めたまま固まっていた──。
そんな出来事があってから、一か月ほど経って、福珠宗海の三回忌法要の案内が届いた。
そして、沖縄から再びトロイメライに電話が入った。
『 謹啓 時下 皆様におかれましては益々ご清祥のことと拝察いたします。
父福珠宗海の三回忌法要を下記とおり営みますので、皆様にご参集賜りたく
ご案内申し上げます
記
日時 平成 八年 五月十二日(日曜日) 午後十時より
場所 南空院 金剛禅宗別院
住所 沖縄県糸満市 〇〇番地
電話番号 △△△△―△△―△△△△
平成八年四月二日
沖縄県糸満市〇〇〇―〇〇
施主 福珠健心
お手数ですが、返信用はがきにて四月末日までに出席の有無のご連絡を
いただきますように、お願い申し上げます。 』
「お兄さん、はがき届いた?」
華からの電話であった。
「健心さんの調子はどうだい?」
「もうそろそろ、息子の健太郎に後を継がしてもいいんじゃないか」
「そうね、本人もそう考えているみたいだけど──」
華の言葉に、
「健太郎クンも今年で二十一だろ。大丈夫だ。雲外蒼天だよ」
シンスケの言葉を聞いていた華が突然聞き返した。
「うんがい・そうてんって…… ええっ!?」
華の驚いた様子に、シンスケは続けて言った。
「ああ、雲外蒼天。雲の向こうは必ず陽が射しているっていう熟語」
「華も健心さんも、雨の日のこと覚えてるはずだぜ──」
「それって、……」
シンスケは電話口の華に向かってニヤリと口角を上げると、
「きっと、親父だったかもな ──」
最後の決めセリフだ!