空を駆け上る

文字数 2,018文字

    
「まだ怖いか?」

 ネリの心情を見透かすように女の子が聞いて来た。
 立っているのは透明な狭い足場、遥か下に小さな地上があって怖くて目を向けられない。

「はい、だいぶん落ち着きましたけど……地上が見えちゃうとダメです」
 正直に述べると、「少し目を閉じていろ」と、腕をグッと引っ張られた。
 あっ・・と、横方向に持って行かれる。

「これでどうだ?」 

 言われて瞑っていた目を開くと、光の感じがおかしい。雲も何だか変。

「真上を見てみろ」
「どひゃ!?」

 間抜けな声が出るのも当然で、だって地面が空にある。ミニチュアの道や草原が逆さに。
 地平線の位置はさっきと同じだが空と地が逆で、鉄鍋の内側に野山がへばり付いたようなへこんだ形が天を覆っている。
 立っている床の下はひたすら青で、光は下から照っている。  
 自分たちの足場がぐるりと回って、天地を逆にした?

「少しは怖くなくなったか?」
「……ど、どうなんだろ……」

 想定外……奇天烈すぎて感情が追い付かない。
 っていうか、何で地上に下ろしてくれないの? こんな壮大な術を使えるくらいなら地上に下りるのなんて容易そうなのに。

 女の子は、微妙な顔のネリに気付かないように、片手を離して上の一点を指差した。
「あそこはお前の街か?」

 目を上げると、視点が変だから時間が掛かったが 建物の群れの中に見慣れた学校や時計塔を見付けた。朝集合したバス停もある。
「はい、そうです……?」

 色が何だか変だ?

 学校周辺の家々の屋根だけオレンジ色に照らされている。夕陽の色にしては赤が強くて毒々しい。

「あっ」

 だんだんハッキリして来た。さっきのクモの巣が、その辺りの上空に被さるようにジワジワと湧いているのだ。

「さっきお前を捕らえ損ねたからな。お前の匂いを求めてあそこに出現したのだろう」

「匂い、私の……」
 質問している最中なのに、女の子は繋いだ手を引いた。
「行くぞ」

「きゃっ、何で、何しに」
「そりゃ、あいつをやっつけに、だ」
「え、あ、それは、私も行かなきゃダメですか?」

「寝惚けた声を出しているんじゃない。お前がやっつけるんだ」
「ふへ?」

「あれはお前の術力に反応して現れた。お前が退治するか、犠牲者を出して満足するまで、何度でも現れる」
「ええっ? ええっ? ええっ!?」

 そんな理不尽な! ネリの術力に反応たって、そもそもこのヒトが無理矢理、隠していた術力を引っ張り出したんじゃなかったっけ?!
 抗議する暇もなく、グイグイ手を引かれてネリは走り出すしかなかった。


 ***


 不思議、空の何もない空間を駆け上っているのに、足元の白い波紋が前に向いて伸びて行く。
 しかも一歩ごとに見上げる地上がグン、グン、と大きくなる。距離の概念がデタラメだ。
 これは確かに

いたら大変な事になったろう。多分足がすくんで一歩も踏み出せなかった。今はまだ頭が追い付いていないから大丈夫かもしれないが、きっと後から

奴だ。ネリはのちのち思い返して腰を抜かす覚悟をした。

 オレンジのクモの巣は街の上で色を濃くしながら移動している。ネリを探しているのか。

「このオレンジのクモの巣、現実に街の上に湧いているんですか?」
「そうだ。まぁ街の者からは見えない。お前の匂いに執着しているが、蒼の里は結界が効いているから、こちらへ来てしまったのだろう」

「わ、私、そんなに匂うっ?」
「あいつに鼻があるように見えるか?」

 女の子の冷静な声に、ネリは一拍おいて頭を整理した。

「私の……術力が目印なの? だったら他のヒトは引っ張られたりしない?」

「そうだな、ほとんどの者には無害だ」
「そう……ん、無害じゃない人もいるの?」

「蒼の妖精の血から成る術力に反応するからな。お前でなくとも居たら引っ張られるだろう」
「……!!」

 術を使える子供なんて各クラスに一人か二人はいる。その内のどれだけが蒼の妖精の血を持つ者か分からないが、自分が当たった位だ。結構な割合な筈。

「引っ張られたら、周囲の者には急に元気を失くして座り込んだように見える。穴に吸い込まれてしまったら、脱け殻になった肉体は何日ももたない」

 ネリの喉がヒュウと鳴った。

「心配せずとも、術力の強さで引く力は変わる。ハナクソ程度の術力ではそよ風だ。何の影響もない」

「本当に?」
 今まで締め切った教室で、首筋を撫で上げるような風を感じた事はある。これが上空を通過していたかもと思うとゾッとなった。

「今のあの街で、引かれる程の術力を持つ者はいないだろう。いてもハールートが折り畳んで隠している」
「ハルさんが……」

「通常は十も過ぎると術力は下降し、二、三年で失せる。一回折り畳んで隠してしまえば生涯大丈夫な物なのだ」 
「?? 私、十歳で急に術が使えるようになって、今十三だけど全然弱くならないんですが」

「だから、そういうイレギュラーは即座に私に報告しておかねばならなかったのだ。ハールートのボンクラが!」
「…………」











ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ネリ: ♀ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 香辛料屋の娘。

歴史と書物が大好き。高所恐怖症、運動神経は壊滅的。

先頭に立ちたくないのに、誰も前に出ない時、仕方なく引き受けてしまう貧乏くじタイプ。

シュウ: ♂ 草原の民、クリンゲルの街の中等学生。貴族系富豪の一人息子。

学業優秀、理論派。一族の束縛に反抗心はあるが、家を守る義務感は持っている。

常にリーダーにおさまり、本人もそれが自然だと思っている。

ルッカ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 シュウとは幼児からの親友。

蹴球(サッカー)小僧。大人にも子供にも好かれるコミュ力おばけ。

皆の接着剤的役割、そしてそれを自覚している。

キオ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生。町外れの牧場の子。

地味で無口。学校では空気のような存在。

一見気遣いタイプだが、己の信念はぜったいに曲げない。

チト: ?? 蒼の妖精 修練所の学生 ネリたちと同い年。

長様の執務室で小間遣いのバイト中。長さま大好き。

容姿が可愛い自覚あり。己の利点を最大限に生かして、賢く生きたいと思っている。

セレス・ペトゥル: ♂ 蒼の妖精 当代の蒼の長

長の血筋の家に生まれ、成るべくして蒼の長になった。実は一番面倒臭いヒト。 

ハールート: ♂ 草原の民 クリンゲルの街はずれの牧場主、キオの父親。

過去を洗うと埃と灰汁がバンバン出て来る闇歴史の持ち主。義理堅くはある。

キトロス博士: ♀ 三章『カラコーの遺跡にて』に登場。

考古学者。若年層に親しみやすい歴史関連書籍を多数出版している。


マミヤ: ♀ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の助手。この世のすべての基準がキトロス博士。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み