答え合わせ
文字数 1,824文字
五百年と少し前、三峰集落のおつかい係の少年ヤンは、街を訪れる旅人の為に壁地図を描いた。
しかし商人カラコーが、その場所を奪ってお金儲けの為の茶屋にしてしまった。成人でもない少年には抗議する術も無い。
やがて酔狂者の友人『彼』を交えて話し合いが行われ、決着。カラコーとの間柄も修復する。
ヤンはそれで終わらせたつもりでいたが、『彼』は納得していなかったようで、誰にも内緒で月光の地図を残して鬱憤を晴らした。
お茶の二杯目がなくなる頃、四人でそういう筋書きに落ち着いた。
「検証って面白いですね」
「面白いだろ」
「しかしキトロスよ」
族長が真面目な顔になって切り出した。
「カラコーの地図を剥がして裏を覗き見るなんて、危なっかし過ぎるぞ。聞いて肝が冷えた。裏に残っている保証もないのに」
「確信はあったさ」
博士は言い返したが、少しだけ首を竦めた。
ネリにはそこが疑問だった。何故カラコー地図の下に元地図が残されていると思ったのか。茶屋の支店が出来た時点で地図の範囲を描き変える必要があったなら、塗りつぶしたと考えるのが普通だ。
博士はネリとマミヤに正面向き、問い掛けた。
「カラコーは壱ヶ原の豪商だ」
「はい」
「当然あの街に拠点があった、家族も住んでいた。羽振りが良かったから一族も栄えただろう」
「はい。そうだと思います」
「街の名前が変わって時が記憶を薄れさせても、繁栄時の記録はどこかに残されていると思わないか?」
「え? いえ、戦禍もあったし、あの街は新旧交代が目まぐるしくて、族長家のようには………… あ」
「あっただろ、古い中身も丸々残った家が」
「・・!!」
二人の少女は顔を見合わせた。
「例の、『カラコーの名すら忘れた末裔』の住む旧家、か?」
族長は知っていたようだ。
「何か見付けたのか? 見付けたんならすぐに報告しろよ! あの家を入手したいと君が駄々を捏ねた時、僕は結構私財をなげうった記憶があるのだがっ!?」
そ、それはもっともな抗議だ。
「いやいや、生涯ヤンに紙とインクを提供し続けてくれたカラコーの子孫だぞ。困っていたら純粋に助けたいと思うのは当たり前だろ。
けして家捜し目的ではない。当時の帳簿がまるまる残っていたのもたまたまだ。その隙間に地図改装時の工程表が挟まっていたのも、まったくの偶然だよ、ツェルト」
「だ、だから、やらかす前に報告しろよ!」
「報告したら止めるだろ」
「~~!!」
「まぁそうじゃないかなって気はしていたんだ。カラコーは、ヤンが純粋に人助けで描いた地図を塗り潰してしまえるような奴じゃないって。食事の合間の雑談を覚えていて喜ぶ物を贈ってくれるような人物だぞ」
「…………」
族長は何を言う気力も失したようで、肩を落として溜め息を吐いた。
ネリは目を白黒させて双方を見ている。
何と当たり前に、危ない道でもバリバリ突き進んで、大昔の会った事もない人物の所へ寄り添いに行ってしまえるヒトだろう。
マミヤが博士を「ああいうヒトだから」と常に心配しているのが、別な意味で理解出来た。
ネリはそろっと口を開く。
「あの、戦乱の時代……地図を煉瓦で覆って隠したのって、カラコーなんでしょうか?」
「どうだろうな、年代的に微妙だし、晩年は不明瞭な人物だ」
「私は、そうだったらいいなと思います。敵に資料を渡したくないなら、それこそ塗りつぶせばいいだけだもの。わざわざ煉瓦を積み上げたのは、『裏の地図を守りたかったから』……って、考えたいです」
「…………」
「ここの月光の地図を描いた『彼』も、博士と同じようにカラコーを理解していたんじゃないでしょうか。
そしてイタズラを残したんだわ。いつか
両方の地図を見付けられる者
が現れた時に、答え合わせが出来るように」***
今度は本当に朝陽が顔を出した。
四人は眠る事も忘れて延々話を続けている。
ネリは族長の横へ行って日記を見せて貰っている。初期の日記は本当に紙が脆くて、族長だって手袋をして慎重に繰っている。
マミヤは長椅子に腰かけて、博士はその膝枕で寝転んでいる。
「裏地図の件、公にしないんですか?」
「ん――? 今は駄目。フンヌル教授が仕切っている間は、功を急いで何をやらかすか分からない」
「はい……」
確かにそう。プライド優先で大切な遺物を踏み潰す事も厭わない一団だ。
「いつか科学が発達して、表面の物を剥がさなくても透けて見られる時代が来るといいな」
「まるで魔法ですね」
「そうだな、でもきっと来る」
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