フィールドワーク・Ⅱ
文字数 1,668文字
「そんじゃ俺は帰って二度寝するかな」
「ええ――っ、行かないの、ルッカ?」
「だって、お菓子が帰っちゃたし」
「お、お菓子なら私だって……」
ネリは急いでディパックを下ろす。
「どうせネリのチョイスなんて婆菓子ばっかだろ」
「失礼ね!」
しかしジッパーを開いて出て来たのは、塩飴、生姜糖、ニッキ棒。
ほらぁ、という顔のルッカ。
またパチンと空気を炸裂させるネリ。
クスクス笑いながらシュウが割って入った。
「うん、ルッカ、休みの日は蹴球の練習したいって言ってたもんな。僕の為に早起きしてくれてありがと。
でもさ、中等の学校へ上がってから三人揃って出掛けるなんて無かったろ。これからますますそうなるよ。今日はせっかくだからこのまま一緒に行かないか?」
「ふむふむ、いや、どうしようかなあ」
「行きましょうよ、ルッカ。キオも来るんだし」
ネリの言葉に、ルッカはハタと止まった。
「ああ、そういえば、あいつもいたっけ。でも遅かない? バスが来ちまう…………ん?」
ルッカの後方からガラガラと音がして、朝もやの中を何かが近付いて来る。
「ひゃっ」
馬の大きな顔がぬっと現れ、木造の台車が後ろから付いて来る。幌無しの荷馬車だ。
御者台には大人の男性が座り、荷台のヘリを越えて黒髪の少年が飛び降りた。
「キオ?」
ブカブカの学生服でなく、着こなれたジョッパーズに黒革のチャップスを重ねたシルエットは、別人に見える。
ネリに近寄ってボソボソと何かを伝える光景はいつもと変わらないが。
「ホント? ね、蒼の妖精の村へ運ぶ荷物があるから、馬車に乗せて行ってくれるって」
「わお! マジかよ!」
バスの方が速度は速いが、妖精の村にバス停がある訳でなく、最寄りの町で下りて幾ばくかの距離を歩く予定だった。
馬車で一直線に行けるのなら物凄く助かる。
ルッカは顔をほころばせたが、シュウは口の中を噛み締めていた。
(だから何でいちいちネリを間に挟むんだ!?)
「坊やたち三人かい? 気を付けてお乗り、そこに足を掛けるといいよ」
御者台の男性が優しく促した。鼻と頬が丸くて穏和そうなヒトだ。
「うわぁ、馬車って初めて。大っきい馬、かっけぇ――!」
ルッカは馬車でテンションが上がっている。すっかり行く方向で気持ちが定まったようだ。
「ありがとうございます、お世話になります」
シュウは素早く優等生に戻って挨拶をし、荷台によじ登った。
前方に木箱が数個寄せてあり、後ろに広々と座布を敷いてくれている。
「キオ君のお父上ですか?」
「いや、俺は叔父。キオの亡き母ちゃんの兄貴だ。牧場の隣でチーズや乳製品の加工場をやっている。坊やたちに朝届けるミルクもうちで作っているんだぞ。よぉ、ネリ、久し振りだな」
「お久し振りです、テオ叔父さん。この間はチーズをありがとう」
ネリは慣れた感じで馬車に登り、シュウの隣に座った。
「でも私たちもう中等学生よ、坊やはどうかしら。彼がシュウであっちがルッカ」
「ははは、そうかそうか、もうそんな歳か。宜しくな、シュウ、ルッカ」
紹介されたのは嬉しかったが、シュウの胸にまた説明できないモヤモヤが広がった。自分の知らないネリの交友範囲……
(しかしこれはチャンスかもしれない)
実はシュウには今日、もう一つ目的があった。
内気
なキオと、普通に会話の出来る仲になる事だ。そうすれば間にネリを挟まなくて済むし、何だったら今ネリがやっている役割を肩代わりしてやってもいい。
皆の信頼厚く教師にも一目置かれている自分には、それが出来ると信じている。
(この狭い馬車の空間、幾らなんでも少しは仲を深められるだろう。身内の叔父さんもいる事だし)
ルッカも反対隣に座り、次にキオが乗り込むと思いきや……
彼は後ずさって、いつの間にかそこにいた小型の馬に手を掛けた。
キオの髪とよく似た、真黒いもっさりとしたタテガミ。
「あら、キオは乗馬?」
「ああ、五人だと聞いていたからな。三人ならこっち乗るか? キオ」
叔父の言葉に、馬上の少年は無表情に首を横に振る。
ここでシュウの目論見は潰(ついえ)えた。
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