あなたがいてくれてよかった

文字数 1,497文字

   

 クリンゲルの街の子供から、社会科見学の申し込みがあった。
 何とあのキオの同級生……ってか、友達いたのか、あいつ。

「受け入れたんですか」
「断る理由もないですからね」
「ハールートさんも付き添って来るんですか?」
「それは絶対にしないとキオが言っていました」

 ハールートが来ると長さまは最低限しか喋らなくなる。外から理想を抱いて見学に来る子供の前で、それはまずかろう。

「キオ、空気の読める奴だなあ、ホントにあのヒトの子供?」
「親を反面教師にしているのかもしれませんね」
 彼の事になるとセレスさまは辛辣。 

「チトはその日、お休みでしたっけ」
「えっ、あっ、蹴球大会の日か。でも折角同い年の子が来るんだし、お出迎えは行きたいな。試合は最終だし、午前勤務だけでもいいですか」
「そりゃ、貴方が居てくれたら子供たちもリラックスできるだろうし、助かります」
「任せて下さい」
「チトがいてくれて良かった」


 そんな感じで軽く受け入れた子供たちだったが、特大の地雷が混ざっていた。
 強大術力を潜在させている女の子を見落とした事で、リィ・グレーネに『うつけ者』呼ばわりされて、セレスさまのしばらくの落ち込みようったらなかった。
 責任とって欲しい。
 誰に……?
 やっぱり、「ちょっと取材で話を聞きに行く位なら大丈夫だろ」と、長さまに何の根回しもしておかなかったハールートだ。
 知っていたら里裏になんか行かせなかったのに。

 まったく大人ってどいつもこいつもおかしな意地っ張りで、まったくまったくまったく!


 ***


 放牧地奥の湿地の木道。
 チトがダイオウの芽を取り終わる頃、長さまの白い足も乾いて靴を履き終えた。
 二人で執務室に向いて歩き始める。

「空が濁っているって?」
「セレスさまはそう思いませんか?」
「私には見えませんが……音や文字や術力に色が付いて見える能力もあるそうです。チトはそれかもしれません」
「へえ! 初めて聞いた」

「リィ・グレーネの術の色か。見えるチトが羨ましい」
「そんなに良いモノじゃないですよ。せっかくの青空なのにザラザラして。外に出ない限りずっとこれなんだもの」
「それは、……気の毒です」
「ヒトの事って羨ましく思えても、本人にとっては全然違ったりするんじゃないですか」
「…………」

「キオだってそうですよ」
「キオ……ですか?」
「そう、新しくリィ・グレーネの弟子になったキオ。周囲は『リィ・グレーネに目を掛けられた子』って特別視しているけれど、本人の目下の悩みは、せっかく編入出来た修練所にろくに来られない事だもの」
「……本人が言ったのですか?」
「はい」
「いつの間にそんな仲良しに?」
「愚痴ぐらい聞いてやれる奴がいないとダメでしょ。大人は『こうあるべきだ』しか言わないんだから」


 しばらく返事がないので振り返ると、長い法衣の長さまは、木道の途中で立ち止まっていた。

「どうしました、どっか痛いんですか?」
 チトは慌てて引き返す。

「いえ」
「はい?」
「思い出して。昔そんな台詞を何処かで言われた気がして」
「そうですか、何処で?」
「何処だったでしょうかねえ」

 風が吹いて、鏡のような水面に模様を作った。

「チトがいてくれて本当に良かった」
「何ですか、いきなり」
「言ってみたかっただけです」

 水がサラサラと音を立てる。白い木道を並んで歩く二人の足あとに色を付けるように。



   ~藍と黒・了~


   ***   ***   ***
お読み頂きありがとうございます。
第三章「カラコーの遺跡(仮)」は、改稿に少し手間取っています。
四月中の開始を目標にしておりますので、少々お待ちくださいませ。
   ***   ***   ***




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登場人物紹介

ネリ: ♀ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 香辛料屋の娘。

歴史と書物が大好き。高所恐怖症、運動神経は壊滅的。

先頭に立ちたくないのに、誰も前に出ない時、仕方なく引き受けてしまう貧乏くじタイプ。

シュウ: ♂ 草原の民、クリンゲルの街の中等学生。貴族系富豪の一人息子。

学業優秀、理論派。一族の束縛に反抗心はあるが、家を守る義務感は持っている。

常にリーダーにおさまり、本人もそれが自然だと思っている。

ルッカ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 シュウとは幼児からの親友。

蹴球(サッカー)小僧。大人にも子供にも好かれるコミュ力おばけ。

皆の接着剤的役割、そしてそれを自覚している。

キオ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生。町外れの牧場の子。

地味で無口。学校では空気のような存在。

一見気遣いタイプだが、己の信念はぜったいに曲げない。

チト: ?? 蒼の妖精 修練所の学生 ネリたちと同い年。

長様の執務室で小間遣いのバイト中。長さま大好き。

容姿が可愛い自覚あり。己の利点を最大限に生かして、賢く生きたいと思っている。

セレス・ペトゥル: ♂ 蒼の妖精 当代の蒼の長

長の血筋の家に生まれ、成るべくして蒼の長になった。実は一番面倒臭いヒト。 

ハールート: ♂ 草原の民 クリンゲルの街はずれの牧場主、キオの父親。

過去を洗うと埃と灰汁がバンバン出て来る闇歴史の持ち主。義理堅くはある。

キトロス博士: ♀ 三章『カラコーの遺跡にて』に登場。

考古学者。若年層に親しみやすい歴史関連書籍を多数出版している。


マミヤ: ♀ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の助手。この世のすべての基準がキトロス博士。


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