枯野を渡る
文字数 877文字
晩春の乾いた風が、枯野の草原を撫でる。
長いコートをはためかせながら馬上の男性は、鍔広(つばひろ)帽子を抑えて空を仰いだ。
オレンジのヒビが薄く見えた気がする。
(どちらだ、まだ小さい、生まれたばかりか……)
目を戻すと、草の中に息子が立っていた。
黒い馬を連れて、胸には翡翠のカケラを下げている。
「……元気か」
「うん、伝言。西の山岳地帯へ行けって」
「リィ婆さんが?」
「三世紀前に嫁いだ蒼の妖精の子孫の間で、術の素養がまとめて現れ始めるって」
「まったく、幅広く血縁なんかバラ撒くから」
「里に何かあっても血を絶えさせない為に、って聞いた」
「それは修練所じゃ教えないだろ。リィ婆さんに聞いたのか」
「うん」
「あまり取り込まれるな……って、今更か」
「ごめん」
「なんだ?」
「勝手に決めて」
「こうなる事は覚悟していたよ。お前が里の修練所に行きたがった時から」
「一人で大丈夫?」
「俺は元々独りだよ」
「父さん放っとくと、ご飯ちゃんと食べないでお酒ばっかりだから」
「余計な心配しなくていい」
「僕だけじゃないよ、セレス長様も心配してた」
「……あいつと何を話した……?」
「彼女でも出来てくれたら心配しなくていいのにって。父さん学生時代は女たらしの甘え上手で……」
「分かった、分かったから、あんまりセレスに近寄るな!」
「リィ・グレーネは、ネリとくっ付けてしまえと言ってた」
「あの婆さん。長生きしすぎて年齢の感覚がバグってるんだ。本気にするなよ」
「うん」
「・っていうか、その面子で俺の艶話をしてるのか。やめてくれ、本気で、頼むから」
「うん。もうしない」
彼の息子の口は、生まれた時から
本心しか喋れない
ようになっている。何処の誰の呪いだかは分からない。リィ・グレーネは祝福だと言ったらしいが冗談じゃない。
まぁ嘘を織り交ぜなきゃ生きて行けないこちらの世界より、里の方が暮らしやすいのは確かだろう。
「じゃ、また、何かあったら来るね」
「風邪ひくなよ」
「父さんもね」
風が吹いて少年の姿は消え、男性はコートの襟を立てて、馬を西へ向けて歩き出した。
~サワシオン・了~
(ログインが必要です)