帰り道・別れ道

文字数 1,862文字

  

 ハウスをいとましたネリ、シュウ、キオは、戻りの道を並んで歩いていた。
 相変わらずシュウはキオに話し掛け続けている。
 行きより会話はゆるやかになって、やっと「ウン」ぐらいは言って貰えるようになった所。

 と、左側の放牧地の土手に、ルッカとチトが現れた。

「わお、ナイスタイミング」

「蹴球大会、優勝したんだって?」
「おめでとう」

「イェイ~!」

 二人は何食わぬ挨拶をし、合流して五人で歩き始めた。

 目的のフィールドワークは終了して、後は執務室で長殿に証明のサインを頂いて帰るだけ。
 叔父さんは新商品のセールスに回るって言っていたけれど、もう終わっただろうか。
 全員が少しずつ気が抜けていた。

 特にネリは、また頭がぼぉっとして来た。
 変だなあ、確かに寝不足ではあるけれど、そんなに気が張っていたのかしら。
 でも凄く気持ちいい。沢山のいい話が聞けたあと、好きな友達と、のんびりフワフワ歩く道。心地良い、ずっと身を預けていたい。
 シュウったら、またキオの隣に並んで、健気に話し掛けている。キオは、何でこんなに話し掛けて来るんだろって困惑した顔。

(そうじゃないんだよ、キオは……)

 ルッカとチトは、元気にふざけ合いながら、さっさと先を行っている。

(いいなあ、こんな風に大好きな友達の後ろ姿を眺めて……あと何回こんな帰り道を経験できるんだろ。街の時間は凄く早いし、みんなどんどん大人になるし……ああ、もっとずっとここに居たいなあ……)  



「あれ、ネリは?」
 執務室への上り坂の中頃で、四人はネリがいない事に気が付いた。

「後ろにいたよな? いついなくなった?」
「坂を登る前はいたような」 

 間髪入れずにキオが、くるりと踵を返して、来た道を駆け下りて行った。

「あ、僕も」
 シュウも後を追って走る。

 ルッカとチトは顔を見合わせて、取りあえず並んで後を追った。
「迷ったのかな。例の、坂への曲がり角を見落とす所?」
「うん、多分。ボケッと歩いてたら普通に真っ直ぐ行っちゃうんだ、あそこ」

「怖いヒトが住んでるって言ってたけど、まさか取って食ったりしないよな」
「ん――……」
「食うのかよ!?」
「食わないよ、ただ……いくらボケッとしていても、ボクらと一緒にいて一人だけそっちへ行っちゃうかな? って…… ・・いや、本当に単純に、道を間違えただけならいいんだけれどさ」
「??」

「あの子、術が使えたりしないよね?」
「え、使えるよ、貧弱だけど」
「げ!!」

 チトはいきなりダッシュした。さすがエースストライカー、早い。
 ルッカも慌てて全力で着いて行った。まさか蒼の里の中で危険注意な場所があるなんて思わなかった。街だったらそんな場所には柵があるもの。


 坂下のT字路の右、山茶花(さざんか)林の小道。
 まずキオが突っ込んだ。

 間を置かずにシュウも駆け込む。
 少し進むと道は極端に狭くなり、両脇の樹木の枝の張り出しで、容易に進めなくなった。
(こんな道を間違うか!?)

 ここではないかもしれない。シュウは引き返そうとした。
「あれ?」
 来た道が枝に埋もれている。キオも見えない。
 ぐるりと身体を回してしまうと、もう方向が分からなくなった。
「空、太陽はどっち?」 
 しかし見上げた空は真っ白。
 何で? 晴れてたろ? 気持ちのいい青空だった筈。
 灌木の中でモヤがどんどん湧いているのだ。凄い勢いで視界がまっ白になって行く。まずい……

「動いちゃダメ!」
 葉っぱの中から伸びてきた手に捕まれた。チトだ。
「こっち!」

 引っ張られるままに枝を掻き分けて進むと、十歩ばかりで抜けた。元のT字路の所だ。空が青い。ルッカもいる。
「やばいやばい、今、迷わせの森になっちゃってる」

「どういう事? ネリはここで迷ってるの? キオも?」

「キオは今さっき飛び出して来て、坂を駆け上って行ったよ」

「長さまに知らせに行ったのかな、ボクも行って来る。中に入っちゃダメだよ」
 チトも泡喰って坂を駆け戻って行った。

 残ったシュウとルッカ。
 この場所からは白いもやが見えず、普通の山茶花林が奥まで続いている。
「とにかく待とう、シュウ。俺らに出来る事はないよ」

「うん……」
 言っている言葉と裏腹に、シュウは林に近付いて踏み込もうとしている。

「シュウってば」
「二、三歩位なら大丈夫だろ。ネリが近くまで来たら、チトがやったみたいに引っ張ってやれる。片手を繋いでいてよ、ルッカ」
「もお」
 ルッカは言われるままに片手を繋いでやった。

 どんだけネリに執着してんだよ。

(まあ、それに関しては俺は文句は言えないんだけれどな……)




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登場人物紹介

ネリ: ♀ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 香辛料屋の娘。

歴史と書物が大好き。高所恐怖症、運動神経は壊滅的。

先頭に立ちたくないのに、誰も前に出ない時、仕方なく引き受けてしまう貧乏くじタイプ。

シュウ: ♂ 草原の民、クリンゲルの街の中等学生。貴族系富豪の一人息子。

学業優秀、理論派。一族の束縛に反抗心はあるが、家を守る義務感は持っている。

常にリーダーにおさまり、本人もそれが自然だと思っている。

ルッカ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 シュウとは幼児からの親友。

蹴球(サッカー)小僧。大人にも子供にも好かれるコミュ力おばけ。

皆の接着剤的役割、そしてそれを自覚している。

キオ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生。町外れの牧場の子。

地味で無口。学校では空気のような存在。

一見気遣いタイプだが、己の信念はぜったいに曲げない。

チト: ?? 蒼の妖精 修練所の学生 ネリたちと同い年。

長様の執務室で小間遣いのバイト中。長さま大好き。

容姿が可愛い自覚あり。己の利点を最大限に生かして、賢く生きたいと思っている。

セレス・ペトゥル: ♂ 蒼の妖精 当代の蒼の長

長の血筋の家に生まれ、成るべくして蒼の長になった。実は一番面倒臭いヒト。 

ハールート: ♂ 草原の民 クリンゲルの街はずれの牧場主、キオの父親。

過去を洗うと埃と灰汁がバンバン出て来る闇歴史の持ち主。義理堅くはある。

キトロス博士: ♀ 三章『カラコーの遺跡にて』に登場。

考古学者。豪快で大雑把な現実主義者。

マミヤ: ♀ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の助手。この世のすべての基準がキトロス博士。


ツェルト族長: ♂ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の幼馴染。神経質でロマンチストな医者。

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