チト
文字数 1,357文字
「ルッカ凄いよぉ、紹介する必要なんかない位あっさり皆に溶け込んじゃって。応援ありがとう、めっちゃ盛り上がった」
上気した顔をニコニコさせながら、チトはツーステップで先を行く。
「こっちこそ楽しかった。優勝おめでと! エキジビションにゲスト参加させてくれてありがと!」
「ルッカ、キーパーだったんねぇ。しかもめっちゃウマ」
「チトもな。あんなシュート撃つ奴、見たことない。どんだけ曲がるんだって」
「あのコース止められたの初めて、実はかなり悔しい」
「リベンジ、いつでも受けて立つぜ」
「うん、次は負けないからね~~」
二人は連れだって土手を登った。
修練所広場では、まだお祭り気分の冷めやらぬ子供たちがボールを追い掛け、親たちが宴会を開いたりしている。
ひなびた雰囲気の蒼の里だったが、子供の数は意外と多く、皆素直で明るい。蹴り球ごときで家族も一緒にあんなに盛り上がれるなんて、ある意味羨ましいなと、ルッカは思った。
「チトはいいの? 仲間と祝勝会とかあるんじゃないの? 執務室は一本道だから一人で戻れるよ」
「うん~~、仲間は明日も会えるけれど、ルッカは明日にはいないしぃ。それに反対から行くと、坂へ曲がる道を見落としやすいの。あそこ、真っ直ぐ行っちゃうとマズイんだぁ」
「山茶花(さざんか)の木が一杯あった所? 危ない場所なの? シュウたち大丈夫かな」
「危ないっていうか、怖いヒトが住んでんだよねぇ。まぁ、あっちのグループはキオがいるから大丈夫と思う」
「そっか、キオがいたか。でも蒼の里にも怖いヒトっているんだ」
「いるいる~ 子供の内は、あっちにビクビク、こっちにビクビクだよぉ。早く一人前になりたい~」
「はは、俺らもそう、おんなじだね」
二人は放牧地沿いの土手をサクサクと歩いた。
牧場(まきば)には少し小さい草の馬が、三々五々遊んでいる。
編まれた馬はああやって一年か二年程、草がしっかり根付いて固まるまで成長させる。里の子供は七つになると生涯を共にする馬をあてがわれ、その馬に対する全責任を背負う。
チトは歩きながら、そんな説明をしてくれた。
「蹴球のボールも、昔は、草を巻いて作っていたんだってぇ」
「マジ? 蹴ったらバラバラになっちゃわない?」
「上手な巻き方があったらしいよぉ。乾燥した軽い草で芯を作って、外は長くて固いシュロの葉をギッチギチに編みながら巻いて。ビックリするくらい弾力が出て弾むんだ。穴掘りセンセなんか上手なんだけれどね。今は既製のボールが入って来たから、もう受け継がれない」
「そうなの? 凄そうな技術なのに」
「無いから作っていたんで、外からいいのが入って来たら、作る必要なくなるもの」
「う――ん、何か腑に落ちない」
チトはクスリと笑った。
「ルッカたちだって、自動車を使い出したら馬に乗らなくなったじゃないか」
「え、うん、そうなのかな」
「でも、昔みたいに皆が子供の頃から馬に乗る生活だったら、週に二本のバスなんか待たなくたって、君は自由にボクに会いに来られる。君とボクの距離はもっと近くなる」
「……そういえばそうだね。便利になったからって、全部が前に進む訳じゃないのか」
チトは今度はフフッと笑った。
そして、小さな流れを渡った所で、クルリと向きを変えた。
「ちょっと寄り道しない? 見せたい物があるんだ」
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