坂道を下る
文字数 2,232文字
「こっちこっちぃ」
執務室を出て、シュウ、ネリ、ルッカとキオの四人は、チトの案内で里裏への坂道を下る。
歴史研究家の『穴掘りセンセ』は、修練所の近く、『ハウス』という所に住んでいるらしい。
「僕らのいう、考古学者って奴か」
「トレジャーハンターかもしれないぜ、お宝見せてくれるかな」
「ちょ、ちょっ……ゼェゼェ」
男の子はともかく、ネリは身軽いチトに着いて行けない。
夕べ興奮して寝不足だったせいか、でなきゃ急降下を見た位で貧血なんて起こさなかった。
まずキオが気付いて足を止め、次いでシュウも気付いた。
「ルッカ、チトくん……さん、もうちょっとペースを落としてくれ」
「あ、ごめぇん」
「午後から用事って言ってたよね、もしかして急いでいたの?」
「うぅん、今日は修練所で、年イチのレクリエーションがあって、ついそっちの事ばっか考えちゃってぇ。ごめんねぇ」
「学校の、レクリエーション!」
シュウが声を上げた。
「それは是非優先させなきゃ。僕たちのせいで済まない。構わないからもう行ってくれ。場所なんか聞きながら行けば何とかなるから」
「えぇ、でもぉ」
「そもそも何でそんな日に勤務させるんだ。抗議しなきゃ駄目だ。声を上げないと大人はいつまでたっても変わらないぞ!」
いきなりスイッチの入ったシュウに、今度はチトが慌てた。
「うぅん、同い年の子供が来るっていうから、お出迎え役は是非自分がやりたいって申し出たの。時間はまだ全然大丈夫だよ、長さまを責めないでぇ」
「チト!」
坂の下のT字路に、同年代の男の子が一人現れた。
「下級生の試合が一個早じまいになった。予定が前倒しだって!」
「ええっ」
「僕、先に行くよ、チトも急いで」
子供は何かを脇に抱えて、来た道を駆け戻って行った。
その抱えられた物を見て、今度はルッカにスイッチが入った。
「蹴球!」
「もしかしてレクリエーションって蹴球の試合なの?」
「うん、蹴球大会。今年は決勝に残ってて絶対に負けらんないのぉ」
「それは一大事だ!」
飛び上がるルッカ。
「早く行って。僕たちは何とでもなるから」
熱くなるシュウ。
「で、でも長さまの言霊(ことだま)は絶対に守らなきゃ……」
「よぉおし!」
ルッカがいきなりチトに腕を絡めて駆け出した。
「俺、修練所を見学したい!
客人を案内
して、チト」言葉の最後には、もうチトを引っ張って坂の下だ。
「あぁぁん、ルッカ強引ン」
「そうだな、別行動だ、後で執務室で合流しよう」
「オッケ――」
見送る三人を尻目に、二人はあっという間にT字路を左へ曲がって消えて行った。
「元気ね……」
「勝手に決めてしまってゴメンな、ネリ」
「うぅん、ルッカらしい気遣いだなと思って」
「まあ一石二鳥っぽかった。学校行ってる以外は蹴球か寝てるかって奴だ」
「どちらかというと、シュウがあんな風に言う方が驚いたわ」
「え、だって、子供にとってその年の行事は二度とやり直せないじゃないか」
「…………」
「……言い方、キツかった? 失礼だったかな」
「そんな事ない、ちゃんと伝わってると思う」
二人の横を通り過ぎて、キオがトコトコと先に立って振り向いた。
「え……と、もしかして知ってるの? 穴掘りセンセの家」
コクンと頷くキオ。
な、何故さっき言わな……いや、興奮する男子二人の横では口を挟めなかっただろう。
キオは先に立ってゆっくり歩き始める。
後ろを二人で歩くと思いきや、シュウはキオの横へ行って並んだ。
珍しいなと思いながら、ネリは反対隣へ付く。
キオを真ん中に三人並んで歩く形になるが、ネリには凄く新鮮だった。
街や学校ではこんな風に横に広がってブラブラ歩ける事なんかない。後ろからも前からもセカセカと通行人が来る。邪魔だって叱られる。
(こうやって友達とゆったり歩ける環境で育ったら、あの長様みたいにおおらかに、チトみたいに明るく物怖じなくなれるのかしら)
そんな事を考えながらぼぉっと歩く。
反対側のシュウは、今がキオと仲良くなるチャンスと、気張っていた。
「穴掘りセンセって、怖いヒト?」
キオはシュウの方を向いて首を横に振る。
「優しいヒトなの? 良かった」
キオは頷く。本当に小さい動作だ。
でも受け答えはしてくれる。嫌がっている風には見えない。やっぱり、もっっっのすごい口下手なだけなんだ。気を付けて慎重に話し掛けていれば、きっと心を開いてくれる。
「えっとさ、僕、どうしても分からない事があるんだ。でも失礼と思って聞けなかった。この際聞いていい?」
反対側のネリは、眉を寄せて心配そうにシュウを見る。
キオも戸惑いながら頷いてくれた。
「チトって、男の子? 女の子?」
向こうでネリが吹き出した。
キオも釣られて、緊張していた頬を緩ませている。
「そう、私も分からなかったの。聞けないわよねぇ、ルッカならともかく。ねえ、どっちなの?」
キオは肩を上げて首を横に振った。
「キオも分かんないのか、仲良さそうだったのに」
「最初に聞き損ねたら、どんどん聞けなくなって行くわよね」
「やっぱり分からないよなあ、僕だけじゃなくて良かった」
ソバカスの少年の様子は大分ほぐれている。
よし、この調子で次は喋って貰えるよう頑張るぞ。
シュウは明るい気持ちで前を向く。
今日は最善の日にしよう。
せっかく、生まれて初めて両親に反抗してここへ来たんだから。
彼らの後方、坂の下のT字路の反対側の山茶花(さざんか)林が、不穏にガサリと揺れたのに、三人は気付いていなかった。
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