琥珀色の博士
文字数 2,395文字
「『カラコーの茶屋跡遺跡』の発掘調査のボランティアで来ました」
宿を訪ねた屋台で観光かと訪ねられ、そんな答えをしたら、「まあ、我が町の貴重な歴史遺産の為にありがとう」なんて勿論言われない。
大概が「なにそれ?」という感じで困った眉を寄せられる。何処へ行っても同じ。過去の遺物なんて、今を生きているヒトたちには関心を持たれない。
宿屋通りを見付けた時には、西陽が傾きかけていた。
「明るいうちに辿り着けて良かった。サクジ教授が勧めてくれたお宿は、えっと……」
と、四つ辻の街灯にいきなり煌々と光が灯った。物凄く明るい。見上げると、電球が幾つも連なった豪華なデザイン。
「シュウん家のシャンデリアみたい。街の面積はクリンゲルの半分くらいなのに、古くから栄えているだけあるわ。発電所の規模はどのくらいだろ。山が近いから水力……石炭が手に入るなら火力かな」
娘は物珍しげにキョロキョロと見回す。まだ暗くもなりきっていないのに、店々もオレンジの電球に照らされて、昼間より華やかだ。
しかしこんな明るい街は影も暗くて、オノボリさんムーブなんかかましていると、案の定……
「お嬢さん、宿はお決まりかい?」
見るからに胡散臭い男が寄って来た。身なりで信用して貰おうという営業努力が微塵もない。
「うちは安心安全、食事も付くよ」
「いえ、もう決まっているので」
降りきろうとしてもしつこく回り込まれる。
「どこの宿だ? おじさんが交渉してあげる。悪いようにはしないから」
いつの間にかもう一人増えて行く手を阻んでいる。
「お、大声出しますよ」
言っても男たちは聞く耳持たず、背のうに手を掛けて来た。
〈〈〈ぎゃあああああ〉〉〉
溜めも段階もない渾身の悲鳴。
こんな声が出せると思っていなかった男たちは一瞬止まった。
通行人だけでなく屋内にいた者までが戸口から首を伸ばす。
娘は身を低くして男たちを振りほどき、素早くヒトの多い方へ駆けた。
大概のならず者ならそれで諦めてくれるのだが、今日の男たちはしつこかった。
「なめやがって」
恥よりも怒りの衝動が先んじるタイプだ。
通行人だってそんな獣みたいな輩に関わりたくない。皆が後退って、せっかく逃げ込んだヒト垣が割れてしまった。
(わわっ)
勝手を知らない街だから何処へ逃げ込めばいいのか分からない。叫ぶ事で効かないのならどうしよう、『アレ』を使うしかないか? でも……
迷ったその時、
バサバサバサ――ッ
上から黒い塊が降って来た。
男たちの頭上に何かが覆い被さる。
「うわ、何だっ」「ひえっ」
鷹だ。
大人の両腕を広げたよりも大きな鷹が、爪を出したり引いたりしながら男たちを威嚇している。
艶やかな毛並みに鋭い瞳、片方の翼に白い帯。
「こっち」
路地から呼ばれた、女性の声だ。迷っている余裕はない、娘はそちらへ駆けた。
路地に飛び込むと大きな手に手首を掴まれ、そのまま引っ張られた。二回三回と角を曲がる。道を知り尽くしている感じだ。
最後に、建物に囲まれた四坪ばかりの広場に出て、手の主は止まってくれた。
「あ、ありがとうございました」
礼を言って娘は改めて相手を見た。
逞しい長身の女性。ガッシリと筋肉が巻いた腕には山岳民族特有の入れ墨がある。
それより何より目を引くのは、琥珀を煮詰めたような深い色の肌。明るいレモン色の瞳。まるで古い遺跡に眠っていた宝飾品のよう。
これまで行った土地で色んな人種に会ったけれど、こんな色の組み合わせのヒトは初めてだ。思わず(キレイ)と口に出しそうになった。
「凄い悲鳴だったな」
琥珀色の女性はニコリと真っ白い歯を見せた。ますますキレイ。
「普段から練習でもしているか?」
「あ、はい。ルッカ……友達が、お前はドン臭いから、知らない土地に出掛けるなら声ぐらい出せるようになっておけって」
「ふうん?」
「河原で練習させられました。声がガラガラになるまで」
「あははは、いい友達だな」
口を開けて笑うともっと素敵だ。
と、さっきも聞いた羽音がバサバサと響いて、鷹が下りて来た。
「ほぉよ、ほぉ」
女性の、伸ばした腕の手甲にドカリと落ちる。
(ひっ、私の腕なら折れちゃいそう)
娘は重量感のある猛禽をつくづく眺めた。畳んだ翼に白い帯。
「……あの、もしかしてもしかして、『キトロス博士』の関係者の方ですか?」
「うん?」
「『考古学者のキトロス博士は片羽根に白い帯のある鷹を連れている』って聞いた事があって…… あ、私、クリンゲル高等学院のサクジ教授の紹介で、カラコー遺跡のボランティアに来た、ネリという者です」
「ほぉ、あのサクジ教授の?」
女性は鷹の喉元を掻いてやってから、目を細めて娘の顔を見た。
「私がキトロスだ。カラコー調査に携わる一人である。宜しく、ネリ」
「えっ、し、失礼しましたっ」
「構わない。曽祖父の名を貰ったので、一般には男性だと思われている。この界隈で女性学者は稀だからな」
「イ、イメージしていたのと全然違って、いえ、その……」
「ほお、どんなイメージを抱いていた?」
パニクって腕をブンブン振る娘に、女性は意地悪く質問した。
「き、『北の山岳史』を読んだ時は、屈強な山男を想像していました」
「ふむ?」
「『百花遺跡』では植物学も極めた理系っぽいイメージで、でも『谷間に微かに残る音』が出た時は一番びっくりして、こんなに叙情的な面があるなんてまるでヒトが違ったみたいだと……あっごめんなさい!」
女性は口端をムズムズさせながら黙って娘を見つめている。
「そっ、そうだ、最近の雑誌に載った『窯場に落ちていたドングリの妄想』の論文、面白かったです、物語を読んでいるようでした」
「はは、あれは変化球だった。随分沢山読んでくれているんだな、ありがとう」
琥珀色の女性は頬を緩めて手を差し出した。
「夕食はまだか? 一緒にどうだ? ラーテにも何か喰わせなきゃならんし」
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