アウトヘーベン
文字数 557文字
初夏のあじさい色の空に残雪の白い峰が三つ並んで見える。
その手前、翼を広げて旋回する大型の鳥影。
今、荷物満載の貨物自動車から降り立った娘が、呆けて空を見上げている。
「嬢ちゃん、どうした?」
「あ、はいっ、どうも、ありがとうございましたっ」
娘は慌てて襷(たすき)掛けにした鞄から銀貨を摘まみ出し、背伸びして運転手に渡した。
「まいど」
運転手はビジネスライクに受け取ってポケットに仕舞う。
この辺りでは長距離貨物の運転手に交渉して相乗りさせて貰うのは通常で、運転手にしたらいい小遣い稼ぎになっている。
(しかしこんな子供みたいな娘っコは珍しいな)
「ねえお兄さん、あれ、鷹だと思う? ワシだと思う?」
「さぁ、鳥は鳥じゃねえかな」
「そう……そうですよね。じゃ、お元気で」
「ああ、嬢ちゃんもよい旅をな」
自動車と別れ、娘はパンパンの背のうを持ち上げ直して肩に掛けた。
目の前の麓街は、入り口から色とりどりの人種でごった返している。
『アウトヘーベン』
洒落た名前のこの街は、東西の物流の中継地点。遠来の商人たちだけでなく、周囲の豊かな山や森に暮らす古い部族の交易場所としても栄えている。
「とりま、今夜の寝場(ねっぱ)を確保確保っと」
古ぼけたキャスケット帽を被り直して娘は、初めての街への第一歩を踏み出した。
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