歴史の自由研究・Ⅰ

文字数 2,293文字

   

 その時代の蒼の長は、リィ・グレーネといった。
 稀有なる女性長で、他の代では類を見ない珍しい術を数多く使えたという。
 天災が立て続けに起こり、蒼の妖精民族の存続も脅かされるような困難が幾重にも訪れた。
 幸いだったのは、彼女が多くの民に慕われる名君だった事だ。
 民は一丸となって、内から外からよく長を助けた。

 またこの時代は、他の地方の妖精民族が大きく台頭した転換期でもある。
 蒼の妖精民族にも多大な影響を及ぼしたが、そちらに関しては一つ前の代の長、ナーガ・ラクシャを学ばねばならない。
 術者としても卓越していた彼は先見に秀で、若年時代から各地に赴き主要部族との親交を…………


 ***


 ヒュッと音がして、机で空気が跳ねた。

「ルッカ」

 頬杖から顔を上げて目をパチクリする男の子に、向かいの席の女の子がささやく。
「思いっきりイビキかいてたわよ」
「マジ?」

 教室の反対側で別の班を見ていた若い男性教師が、こちらを一瞥して首を傾げてから、視線を下ろして指導に戻った。

「せめて目を開いていなさいよ」
「だってダルいもん、歴史の研究発表とか。大昔の事なんか俺ら関係ないじゃん」

 円にした机で肩を竦める他の四人。
 男女三人ずつのこの班は、今年の歴史の自由研究に『自分達の暮らす草原の近世史』を選んだ。 
 生真面目なネリに反比例して、ルッカは頭からやる気がない。

「蒼の妖精なんて、ただのシハイシャじゃん」
「支配者と違う。ルッカみたいに単細胞な言葉で括らない為に、キチンと歴史を学ぶ必要があるんでしょ」

 自分たち『人間以外の様々な人外種族』が混じって暮らすこの草原に、一番古くから存在する『蒼の妖精民族』。大昔はこの辺り一帯を統治していたという彼らの歴史を深堀りしてレポートを組み立てようと、ネリは提案しているのだが。 
 
「歴史オタク、面倒くさっ」

 男の子の机でまた空気がはぜた。弾みで鉛筆とノートも飛び上がる。

「せ~んせ~ またネリが教室で術を使ってま~す」
 声は野次馬していた隣の班からで、遠くに居た教師は息を吐きながらこちらを向いた。

「ネリさん」
「だって、ルッカが……」
「学校で術を使ってはいけない理由を言いなさい。きちんと立って」

 女の子は唇を尖らせながら椅子を鳴らして立ち上がる。
「……使える人と使えない人がいるからです」

「そう。不公平ですよね、片方だけが使える手段はよくありません。考えの違いは言葉で話し合いなさい。座っていいですよ」

 教師は指導していた班に戻って、そちらに集中した。内心、厄介なテーマを選んでくれた物だと渋い気持ちになっている。
 他の班のように、遠い西国の預かり知らぬ国取りの物語や、石斧でウホウホと獲物を追い掛けていた大昔のような、指導要綱の確立しているテーマを選んでくれればいい物を。
(何でよりによってあの班に、学年トップの二人が偏ってしまっているのか)


 ――ここは草原の中頃、『クリンゲル』と呼ばれる街。住民は、人間と違って少々耳が尖ったり爪が出し入れ出来たりの、雑多な血が入り混じった『草原の民』。この辺りで一番ポピュラーな種族だ。
 ネリもルッカも、この秋『中等の学校』に進学したばかりの十三歳。


「ルッカはこのテーマが不服なのかい?」
 品の良い細縁メガネの少年が、左隣で鉛筆を上唇に挟む悪タレに話し掛けた。整った銀鼠(ぎんねず)の髪にシワ一つない白シャツ、育ちが良さそうな柔らかい物腰。

「俺は別に。レキシのベンキョー全般が嫌いなだけ。終わったコト覚えたって意味ないじゃん」

 ネリが口を開く前に、メガネ男子が、「そうだね、僕もそう思う」と返した。

「へぇ、秀才のシュウでも?」
「正直、試験の点数を採る為に暗記しているだけだもの」
「そうだろ、そうだろっ」

「でも、このテーマは面白いと思った」
「どこが面白いの、同じじゃん」

 シュウと呼ばれた少年は、涼しい顔で続ける。
「蒼の妖精の文言なんて教科書では二行ぐらいしか出て来ない。
 そりゃそうだ。隣り合わせた人間界では工場がどんどん建って便利な道具に満ち溢れ、機関車なんて乗り物が遠くの土地に人や物を一気に運んでいる。もうすぐ空飛ぶ機械まで運用されるって噂。
 そんな時代に、馬で空を飛ぶ妖精、なんて言われても、ねぇ」

「だろ?」

「でもさ、授業では、僕らに関係のない大昔の歴史は念入りにやるけれど、近世の話はほとんど流される。お陰で僕らの頭の中ではこの街の生い立ちも何も全部空白。実に何百年もあるのにさ。何でだと思う?」 

「えっ、どうでもいいからじゃん?」

 まだ投げやりなルッカの耳に、シュウは顔を近付けて声を潜めた。
「ぶっちゃけ教える側が面倒臭いんだ。僕らの土壌に直接繋がる思想だ宗教だ流血だのは、教師にとって取り扱い厄介なの。どこの藪から蛇がまろび出るか分かんないからね」

「へぇ、ほ――ん…… まぁ俺には関係ないし」

 シュウは更に声を潜めた。 
「関係ないかな? ルッカ、蹴球のトッププレイヤーになるんだろ? 世界に羽ばたく身で自分の出身地の成り立ちも知らないとか、大事な場面で恥かくぞ」

 蹴球は人外世界で古くから盛んな球技で、独自のプロリーグもある。ルッカも多分に漏れない蹴球小僧。

「の、乗せるのが上手いな、シュウ」
「大人の都合で僕らが将来恥をかくなんて、腹が立たないか? 僕は立つ」

 シュウはルッカから離れて、声を明るい優等生モードに戻した。
「だからさ、『教科書に載っていないテーマ』を補完して発表するのって意義があると思うんだ、どう?」

 ルッカはまじまじとメガネ男子を見た。
「秀才の思考回路、面倒くさっ!」 



表紙・サワシオン








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登場人物紹介

ネリ: ♀ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 香辛料屋の娘。

歴史と書物が大好き。高所恐怖症、運動神経は壊滅的。

先頭に立ちたくないのに、誰も前に出ない時、仕方なく引き受けてしまう貧乏くじタイプ。

シュウ: ♂ 草原の民、クリンゲルの街の中等学生。貴族系富豪の一人息子。

学業優秀、理論派。一族の束縛に反抗心はあるが、家を守る義務感は持っている。

常にリーダーにおさまり、本人もそれが自然だと思っている。

ルッカ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 シュウとは幼児からの親友。

蹴球(サッカー)小僧。大人にも子供にも好かれるコミュ力おばけ。

皆の接着剤的役割、そしてそれを自覚している。

キオ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生。町外れの牧場の子。

地味で無口。学校では空気のような存在。

一見気遣いタイプだが、己の信念はぜったいに曲げない。

チト: ?? 蒼の妖精 修練所の学生 ネリたちと同い年。

長様の執務室で小間遣いのバイト中。長さま大好き。

容姿が可愛い自覚あり。己の利点を最大限に生かして、賢く生きたいと思っている。

セレス・ペトゥル: ♂ 蒼の妖精 当代の蒼の長

長の血筋の家に生まれ、成るべくして蒼の長になった。実は一番面倒臭いヒト。 

ハールート: ♂ 草原の民 クリンゲルの街はずれの牧場主、キオの父親。

過去を洗うと埃と灰汁がバンバン出て来る闇歴史の持ち主。義理堅くはある。

キトロス博士: ♀ 三章『カラコーの遺跡にて』に登場。

考古学者。豪快で大雑把な現実主義者。

マミヤ: ♀ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の助手。この世のすべての基準がキトロス博士。


ツェルト族長: ♂ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の幼馴染。神経質でロマンチストな医者。

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