フィールドワーク・Ⅰ
文字数 2,028文字
日曜日の早朝。
まだ明けやらぬ、郊外のバス停。
そこから朝霞の草原に車幅の裸道が伸び、主要の街と繋がっている。
少し前までは乗り合い馬車だったが、人間世界で内燃機関の仕組みを見て来た者が自分たちに合った自動車を作ると、あっという間に広がった。
油が人間界ほど潤沢ではないので、燃料は種族によって様々だ。この辺りではコークスが使われている。
「こんなに早い時間に出る必要あるの?」
女子二人組はダルそうだ。それでもお揃いの可愛いポシェットを下げて、左右対称の双子コーデをバッチリ決めている。
クリンゲル街の若者のファッションセンスは人間とほぼ変わりなく、お洒落の最先端はいつもあちらからやって来る。彼女たちのように目敏い子は、常に新しい流行を取っ替え引っ替えしている。
「バスの本数が少ないのよ」
集合場所の郊外バス停には、まだ女子三人だけ。
ネリは一番に到着し、地図と路線の照合をしている。生成りのキャスケット帽にディパック、膝丈のショートパンツと、如何にも学生の野外活動という堅い服装。
街と街の間を移動する乗り合いバスは少ない。今日使う路線は週に二往復しかなく、早朝行って夕方戻る。
そもそも普段の生活で遠くに移動する必要がない、ヒトの営みは街中だけで足りる。
交通は物流が主で、たまに街間を移動したい者は、本数の少ないバスより、貨物車のオーナーに燃料代をカンパして相乗りさせて貰う。
それもあって、正式に座席を設けたヒト用の長距離バスはとても高価。
ネリの手には、昨日学校から発行して貰った『学習交通費申請証』の紙がある。
バスの乗降時に運転手から印を貰い、学習先の誰かしらにサインを貰って帰れば、後々交通費が戻って来るという優れもの。
そうでないとバスなんて、子供のお小遣いではとても乗れない。
(ネリ、まさか自分が蒼の妖精の村へ行ってみたいが為に、班研究にこのテーマを捩じ込んだんじゃないでしょうね)
自分たちは何も提案しなかった事を棚に上げ、女子二人はこんな陰口も叩いていた。
まぁ彼女らは、ライバルたちを出し抜いてシュウ君とお出掛け出来れば、何でもいいと思っている。
「おっはー、早いな、みんな」
クルクル赤毛のルッカ登場。
ご贔屓蹴球チームの派手なロゴ入りシャツとキャップは、低学年からのトレードマーク。
「あれ、シュウは? 一緒じゃないの」
ルッカとシュウは家が筋向かいだ。
「ああ、あいつ、来られなくなった。親族の催事だって」
「ええっ!?」
ネリより先に女子二人が声を上げた。
やや引きながらルッカが続ける。
「ほら、あいつんち急にそういう時あるじゃん」
「ああ……」
納得するネリ。
旧家の枝であるシュウの家は、本家の行事を最優先させる。総帥の気紛れでいきなり召集が掛かるなんて茶飯事で、たまに学校も休まされる。
(あんなに楽しみにしていたのに、気の毒に……)
お金持ちと言っても必ずしも羨ましい事ばかりではない。
「なんでなんでなんで? そんなのヒドイ」
女子二人は吠える。ヒドイという言葉は、もちろんシュウの身の上に対してではなく、早起きしてお洒落して来た自分たちの頑張りが台無しになった事だ。
一人がフラッと額に手を当てた。
「あたし、じ、実は、熱っぽいのに、無理して来たのよ」
「あ、あたしも、さっき立ちくらみがして、う、うつったのかしら」
分かりやすい。
「じゃあ無理をしない方がいいんじゃね?」
ルッカにサクッと言われて、二人はあっさり帰って行った。
うるさいのが帰ってホッとしたかと思いきや、ネリは寂しそうに見送っている。
「そんなにも興味を持てない物なのかしら……」
「いいじゃん、行きたくない奴と行ったって疲れるだけだろ。まぁ良かったね、笑っちゃうほど予想通りで」
え? と、彼らしからぬ言葉に、ネリは振り向いた。
ルッカは横の植え込みに向いて喋っている。
「僕はそこまで言っていない」
ガサリと出て来る細縁メガネ。
「シュウ?」
「行くんなら学習に集中したいと思っただけだよ。ネリに変な誤解をさせんなよな」
一流ブランドのアウトドアスタイルに身を固めた、行く気満々のシュウ。
「え、シュウ、おうちの用事は?」
「初等の頃はともかく、中等の学校へ上がったら学業を優先させて貰うって、親と約束していたんだ。もういい加減ウンザリだったし、本家連中に振り回されるの」
三人だけになると、シュウは優等生の皮を脱ぐ。
「そ、そう……」
ネリは女の子たちが去って行った方向を振り向いた。
「引き戻せる理由なんかないだろ、具合が悪いって帰ったんだから」
「うん……」
正直シュウはホッとしている。
中等の学校へ上がってからネリがよそよそしくなった理由は知っていた。かといって中途半端に庇ったら逆効果になるし、どうしたものかと彼も困っていたのだ。
「せめて休みの日ぐらい、昔みたいに気兼ねなくネリと喋りたいよ」
そうこぼすと、ルッカが二つ返事で協力してくれたのだった。
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