38話 主従(3/5)

文字数 1,959文字

リルはカップを持って行ったが、返ってきたのは空のカップと土瓶を持った久居だった。

「お茶の温度はいかがなさいますか?」
カロッサの前で注がれたお茶に、久居が手をかざす。
そんな久居を、カロッサがジトッとした目で見上げた。
「……さっきレイ君に止められたんじゃなかったの?」
「……ご存知でしたか」
指摘された久居に動揺する様子は無い。
「レイ君マメだからねぇ。逐一報告に来てくれるのよ」
カロッサがやれやれという顔で久居を見上げて、「じゃあ冷たいので」と続けた。

久居が軽く冷気を注いでカップを差し出す。

リルがそんな二人を交互に眺めて、首を傾げる。
「何を止められたの?」

「この環を使うことを、止められました」
久居が眼だけでリルに少し微笑んで、答える。

「まあ、もう今更なんだけどね。私も浄化とかあんまり上手くないし。とりあえず、今夜リリーに相談してみるわ」
カロッサが苦笑を浮かべながらカップを口に運んだ。

レイは今、連絡係の天使に会いに行っている。
日が真上に来る頃は、天界までの距離が一番近くなるらしく、レイがここを不在にする時は決まって昼頃だった。

先程、レイが一人遅い朝食を済ませて、食器を調理場に運んできた時、久居は昼と夜の食事の仕込みを一気に済ませているところだった。

久居は、普段から午前中のリルが勉強している間に家事をしている。
勉強の中身が興味のある内容の際は、何かしらしつつも聞き耳を立てているようだが、今はひたすら算術の問題を解かされているようだったので、久居は調理場に引っ込んでいた。
午後に、リルの修練に付き合うための時間配分なのだろう。

そんな久居が、レイが運んで来た盆を受け取ろうと腕を伸ばした途端、不意にレイに腕を掴まれ、その力強さに戸惑う。
「……レイ?」
自分より少し背の高いレイを久居が見上げれば、その顔は、見てはいけなかったものを見てしまったかのような、渋い表情で固まっていた。

「久居、これ……」
久居がレイの視線を辿ると、その先には久居の手首に着けられた腕輪があった。
腕を伸ばした拍子に、僅かに覗いてしまったそれは、以前にレイが見た時よりも、さらに闇の色に染まっていた。
「……いつからだ」
レイの厳しい視線が、久居に向けられる。
「徐々に……」
いつからとは答えきれない久居が、仕方なく、両手首の環を見せた。
二つの環は、どちらもまだらに黒ずみ、輝きを失いつつある。
「闇の血を浴びたせいか、それとも、久居が使う毎に……か?
 いや、着けてるだけで影響を受けてるって事もある、か……」
レイがいくつかの可能性を並べて、眉をしかめる。
「外しておきますか?」
久居の提案に、
「いや……まずは使わずに様子を見よう」
と、レイは言葉を切ってから、腕輪から久居の顔へと視線を戻す。
「俺は、どうして久居が話してくれなかったのかが聞きたい」
金色の髪に彩られた露草色の瞳に、真っ直ぐ、しかし悲しげに見つめられて、久居は言葉に詰まった。

久居は、この件を意図的に黙っていた。
レイに自分の闇の影響を知らせる事は、自分の首を絞める事であると同時に、レイを苦しめる事でもあった。
しかし、それを本人に言うわけにもいかない。
レイ自身が、自分にかけられた思考制御に気付いていない以上、久居に言えるのは、これだけだった。
「申し訳、ありません……」
レイの青空のような澄んだ瞳が、大きく揺れる。
動揺を隠そうとしてか、ふい、とレイは視線を逸らした。
「……俺は、信頼に足りないか」
その言葉は、痛みを堪えるように、かすかに震えていた。
「……レイ……」
何と伝えれば良いのだろうか。と、久居が言葉を選んでいるうちに、レイは寂しげに微笑んだ。
「いや、良くない言い方だった。すまない。……闇の者が、天使にそんな事、言えるはずないよな……」

じっと久居の手首の環を覗き込みながら、レイが呟く。
「浄化できれば良いんだけどな。一応習ったが、俺はあまり上手くないんだよな……」
聖なる四環を相手に、失敗するかも知れないような術を使うのは怖いらしく、レイは大人しく手を引っ込めた。

「まあ、この事はまだ上には言わないでおく」
レイの言葉に、久居は知らず入っていた力が抜けるのを感じる。
「そういや久居は、浄化ってやった事あるのか?」
「いえ、まったく……」
経験がないというより、浄化そのものが良くわからないと言った方が正しい。
「闇の者が浄化ってのもおかしな気がするが、久居はコントロールが上手いしな、もし興味があれば、書物を取り寄せようか?」
レイにもそろそろ、久居がこういった事に対してまるで知識がない事や、しかしそれを学びたいと思っている事が分かり始めていた。
「私で読めるのでしたら、お言葉に甘えて」
レイの親切心に、久居が微笑む。
「ああ、ここの言葉で書いてあるのを探してもらおう」
と、レイも淡く微笑み返した。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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