30話 地動説(前編)

文字数 2,150文字

陽が少し傾きかけた頃、リル達はカロッサの家の焼け跡に残された、地下への扉を掘り起こした。

「扉が無事で良かったわ」とカロッサが言いながら、瓦礫の下に埋まっていた、人一人がやっと入れるくらいの石の扉へ手をかける。
グッと引くも、扉はびくともしない。
「うーーーーんっ」と頑張るカロッサに「わ、私が……」とレイが慌てて手を伸ばしかけ、手と手が触れそうになって大慌てで引っ込めている。
久居は、それを見なかった事にして「リル、お願いします」と呟いた。
「じゃあボク開けるね、これ引っ張るの?」
尋ねるリルに、
「そうそう、引き戸なのよ、こっちにグーっとね」
とカロッサが指差す方へ、リルがゴリゴリ音を立てながらも、軽々といった様子で戸を動かした。
「そんなヒョロイのに、流石は鬼だな」
ぽつりと呟いたレイが、首を傾げて続ける。
「……いや、将来はムキムキの鬼になるのか……?」
レイの言葉に、久居は先日対峙した大男や、逆三角形の上半身を持つクザンを思い浮かべてしまい、思わずかぶりを振る。
「うーん。ボクも強くはなりたいけど、あんまり大きくなったら、久居に抱っこしてもらえなくなっちゃうよね」
と苦笑するリルに、レイが明るく笑って提案する。
「そしたら、リルが久居を抱っこしてやればいいんじゃないか?」
リルは「あ、そっかー」と妙案を得たような顔で頷いたが、久居はどうにも納得しきれないまま、その扉をくぐった。
カロッサの次に久居、その後ろにリルが続く。
扉の先は薄暗く、地下へと向かう石の階段が続いていることしか分からない。
後ろで、レイがごくりと唾を飲む音が聞こえた。
「俺はここで…………、いや、そういうわけにはいかない、か……」
どうやら、先の見えない暗闇を前に、天使は怯えているようだ。
「下の部屋には明かりがあるんだけど……、そこまでが、難しいかしら?」
カロッサの気遣いに、久居がリルを振り返る。
「リル、灯りをお願いできますか」
「うん」と頷いて、リルが指先へ小さな火を灯す。
「えっと、燃えると困るものがあるから、気を付けてね?」
まだまだ制御力不足のリルに、カロッサが不安げに声をかける。
「……引っ込めたほうがいい?」
リルの声に、久居は「おそらく大丈夫でしょう。何かあれば対処します」と返事をした。
ほとんどの場合で、力を出す際にはある程度の制御力が必要となる。使うための力を過不足なく集め、それを正しく形作る必要があるからだ。
だが、リルの場合はちょっと特殊で、そこに力を集め放出しているというよりも、その部分の栓をちょっと弛めるだけ、という感覚らしい。
そのためか、炎をただ灯しているだけの場合に限り、リルの炎が揺らぐことはほとんどなかった。
「ありがとうな」
レイはリルに声をかけて、その幼い指先に灯った明るいオレンジの炎を頼りに、地下へ続く階段へ、足を踏み入れた。

地下階段は、ヒヤリとして、埃っぽかった。
「いやぁ、たまには掃除しないとって、思ってはいたんだけどね……」
カロッサが言い訳をしながら先を行く。
普段は明かりを手に降りていたのだろう、その階段は思っていたよりも長く、地下深くへと繋がっている。
「ネズミとか、いないんだね」
リルが耳を澄まして言う。
「食べ物を置いてないからかしらね。もぐらならいるかも知れないわよ?」
そんな二人の何気ない会話を耳にしつつ、久居は、やたらに静かなレイを振り返ってみる。
薄暗くてよくわからないが、どうやら、顔色が悪いようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、……少し、闇が滲みてるだけだ……」
よくわからないが、天使にとって暗闇というのは思ったより厳しいもののようだ。
「光を出したら良いのでは?」
「光はその場に止めるのが難しい。加減を間違えたら生き埋めになる」
言われて久居は『光』について、そういう物らしいと認識を改めた。
「リル、炎をなるべく明るくしてあげてください」
「うん、このくらいかな?」
リルが両手を椀のようにして、掌いっぱいに白っぽい炎を出すと、辺りは昼のように明るくなる。
レイが、ホッとしたような顔をしたので、応急処置にはなったようだと、久居は判断した。

今より少し前、空竜の上での「時の魔術師殿は、今どこでどうなさっているのですか?」というレイの質問に、カロッサは「……きっと見る方が早いから、一緒に来てくれる?」と返した。

明るくなった炎に照らされて、階段の終わりがハッキリ浮かび上がる。
そこから繋がる通路の先には、少し開けた空間が広がっている。
そこに、その答えはあった。

「これは……」
掠れるような声で、レイが口にできたのはそこまでだった。

「……このおじいさん、凍結してるの?」
尋ねるリルは、その膜に覆われた空間に、見覚えがあった。
久居には、この答え……時の魔術師がこの地下で凍結膜に包まれているという状態は、予想通りのものだった。
いや、レイも薄々気付いていたかも知れない。

先ほど、久居の印を落とした時、血まみれの草陰をカロッサがひょいと覗き込んで言った。
「それ、ここに残しちゃおうか」
まだ僅かに生きていた久居の切れ端に、カロッサが手を翳す。
中心から凍結膜でふわりと包まれて、久居の切れ端は、コロリと丸いボール状に固められる。
印は消え去る事なく、膜に包まれた姿で、あの草むらに残った。
それと同じことだった。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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