37話 再覚醒(4/6)

文字数 3,231文字

フリーは、初めて会った時の……と言ってもフリーの中では昨日のような物だったが、その時の久居を思い浮かべる。
あの時の久居さんも落ち着いた感じの人だったけど、今日の久居さんは、もう立派な大人の男の人だった。
背も伸びてるような気がする。

背といえば、リルも五センチ伸びていて、私との身長差があと五センチになっていたけど、
リルの方はまだ、私より年上って感じにはなってなくて、正直ホッとした。

久居さんは、ちょっと悩んでたようだったけど菰野に会う許可をくれた。
フリーは、菰野が中にいる小屋の前に向かう。
菰野になんて言えばいいのかは、まだ全然思い付かないけれど。
戸の前に立つと、中から押し殺すような、小さな泣き声が途切れ途切れに聞こえた。

一人で泣いてるんだ。
そう思ったら、ぎゅっと胸が苦しくなる。

「菰野、入ってもいい?」
ノックをして声をかけたら、中から慌てるような声が戻って来た。
「えっ、フリーさん!? ちょ、ちょっと、待って」

そっか。慌てて泣き止んでるんだ。
どうしよう。悪いことしちゃったかな。
ゆっくり泣かせてあげたほうがよかった?

リルは抱きしめてあげると安心してわんわん泣くけど、菰野はそんなタイプじゃないもんね。

フリーは、前に菰野が見せた涙を思い出す。
それは叔父さんが亡くなったという時に、眠る菰野が一筋だけ零してしまったもので、フリーはそれ以外に菰野が泣くところを見た事はなかった。

あ、でもお兄さんに斬られた菰野は泣いてたな。
あれは、痛かったからじゃなくて、悲しかったから……だったんだね。

ギッと木が軋む音とともに、中から戸が開いた。
「どうぞ」
にこっと、菰野がいつもの笑顔で迎えてくれたけど、その目は赤く腫れていた。

フリーは少し心苦しく思いながらも、小屋に入る。
「ごめんね、お父さん、乱暴者で」
フリーがひとまず父の狼藉を謝ると、菰野が優しく苦笑する。
「大丈夫だよ、もう治してもらったから」
「でも、その……、悪い人じゃないのよ?」
クザンには伝えきれなかったが、フリーも父には感謝していた。
父がいなければ、菰野を救えなかったことはフリーにも分かっている。
思わずフォローしてしまったフリーに、菰野は変わらぬ様子で答える。
「うん、分かってるよ。フリーさんの父君も、母君も、立派で優しい人だね」
菰野がまた、ニコッと笑う。
「えええええええええ?」
「……ええ?」
フリーの思わず出した疑問の声に、菰野がつられて疑問符を浮かべる。

うーん……。私だったら、治してもらっても、やっぱり殴られたら嫌だし、理由も言われずに急に殴られたら、怖い人だと思っちゃうけどなぁ……。
菰野は本当に何とも思ってなさそうで、フリーはそれが不思議で仕方ない。
「どうして、そんなに簡単に許せるの?」
「殴られた事?」
「うん」
菰野はほんの少し遠い目をして答える。
「あれはきっと、儀式みたいなものだよ」
「儀式?」
フリーが思ってもみなかった単語に首を傾げる。
「フリーさんの父君には、臣下がいるって久居から聞いたんだ、その人が僕に血を分けてくれたって。
 フリーさんの父君はお立場上、僕を許すためには、僕を罰する必要があったんだと思う」
「そう……なの……かなぁ?」
そういうものに関わる事なく育って来たフリーには、なんだか良くわからない話だったが、菰野がそう言うなら、そうなのかも知れない。

「うん、だから僕は本当に気にしていないし、フリーさんの父君にはとても感謝しているんだよ」
「そうなの?」
「もちろん。僕の大怪我を治してくださっただけでも命の恩人なのに、僕が眠ってる三年もの間、久居の面倒を見てくださってたなんて、もう感謝してもしきれないよ」
そう言って笑う菰野が幸せそうだったので、フリーもなんだか嬉しくなってくる。
でも、菰野の目はまだ赤く腫れていた。

「あのね、菰野のお兄さんのこと、聞いてもいい?」
問われて、菰野が動きを止める。慎重に返された言葉は、短かった。
「……今?」
「うん」
即答されて、菰野は悲しそうに笑う。
「今はちょっと……まだ、心の整理ができてなくて。また今度でもいい?」

やんわりと断られて、次には話すと言われて、それでもフリーは頷けなかった。

「……やだ」
「え?」
小さく見開かれた栗色の瞳は、まだ滲んでいるように見える。
「いやだよ、私……。菰野が一人で泣いてるの」
真っ直ぐ伝えたフリーの言葉に、返事は来なかった。

「……」
菰野は視線を床に落とした。

会話で菰野から返事をもらえなかったのは、これが初めてかも知れない。
菰野はまだ、眉を少しだけしかめて、じっと足元を見つめていた。

困ってるのかな。それとも……怒った?

……どうしたらいいのかな……。
私、余計な事言って、菰野を嫌に気持ちにさせちゃった、よね。
でも、このままにしてたら、菰野は、また一人で全部我慢して、明日にはもう、いつも通りに笑うんだと思う。

菰野は何も悪い事してないのに、菰野だけが悲しくて、菰野だけが一人で泣いて、誰にも慰められないなんて、そんなの……。

「……ごめん」
長い沈黙の後、菰野が絞り出すように、苦しそうに、少し掠れた声で言った。

「謝らないでいいのに……。菰野は謝るような事なんにもしてないよ」
フリーの言葉に、菰野は被せるように言う。
「せっかく来てくれたのに、ごめん。
 僕は……フリーさん達を傷付けるような事は、したくないんだ。
 だから、ごめん。今は……一人にしてもらっても、いいかな」

苦しげに告げる菰野は、もう、笑顔じゃなかった。

菰野は眉をぎゅっと寄せると、私に背を向けた。
本当は、ずっと前から、苦しかったんだ。
笑顔じゃなくなったのは、きっともう、我慢の限界なんだろうな……。

そんなに悲しくてたまらないのに、菰野が泣いたり叫んだりしないのは、どうしてなんだろう。

泣いてもいいのに。
もっと、わんわん泣いたっていいのに。

フリーはたまらなくなって、口を開く。
「私の事だって、リルの事だって、傷付けていいんだよ。
 菰野ばっかり傷付いて、一人でずっと我慢して、そっちの方が、私は嫌だよ」
言葉にしてから、フリーは自分が泣いている事に気づいた。

「私があの時、無理に山を降りたのが悪かったの。
 私があの時、捕まっちゃったのが悪かったの!
 悪いのは全部私だから、菰野は何も悪くないんだよ!!」
段々と語気が強くなるフリーの剣幕に、菰野が思わず振り返ると、もうフリーはすぐそこまで迫って来ていて、菰野の視界はフリーの泣き顔でいっぱいになった。

「フ、フリーさん……ちょっと、近……」

菰野が後ずさろうとするも、フリーは菰野を逃さなかった。
不意にぎゅうっと抱きつかれて、菰野が慌てる。

「え、ちょ、フリーさん!?」

「私は、菰野が助けに来てくれて嬉しかった!
 菰野が、私の事妖精でも好きだって言ってくれて、本当に嬉しかった。
 菰野が斬られて、悲しかったし、菰野が死んじゃうって思ったら、怖くて……」
必死に告げる涙声は、嗚咽に途切れた。
「……怖くて……、たまらなかったよ……」
菰野は、驚きに見開いていた瞳を、ゆるりと伏せる。
「フリーさん……」
フリーを慰めるように、菰野の手が、そっと金色の髪を撫でた。
温かくて、優しい感覚に、フリーが息を詰まらせる。
「っ、……こんな風に、菰野が私の事慰めてくれるように、私も菰野を慰めたいのに……」
フリーが、体を離して、ゆっくり菰野と目を合わせる。
二人の距離は、まだ額が触れそうな程近い。

「ねえ、菰野の思ってる事を、もっと話して? 私、菰野にだったら傷付けられてもいいから……」
濡れた金色の瞳の中で、縦に長い瞳孔が、じっと菰野を見つめている。
「……っ」
一心に、心の中までも覗き込もうとするその眼差しに、菰野の頬がじわりと染まる。

その途端、菰野は身体中から力が抜ける。今まで精一杯張り詰めていた緊張の糸が、プツリと切れてしまったような気がした。
「……フリーさんには、敵わないな……」
菰野が栗色の髪を揺らして力なく笑うと、同じ栗色の瞳から大粒の涙が零れた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み