41話 闇(5/5)

文字数 2,518文字

菰野が間合いに近付くにつれ、久居が鋭く呻いた。
その瞳に懇願が映るのを、菰野は悲しく眺めた。
俺に距離を取って欲しがっている事なんて、重々分かっている。

「久居、落ち着け。まずは息を整えろ。……俺は、そう簡単にはやられない」

菰野が、息を荒げてしまった久居を宥めるように、ゆっくりと伝える。

「俺は、久居を失いたくないんだ。その浅はかな覚悟は、即刻捨てろ」

言われて、久居の瞳が大きく揺れる。
久居の動揺に、闇が踊った。

まるで、久居を乗っ取るのを邪魔する菰野を攻撃しようとするかのように。
闇は膨れ上がると二手に分かれ、風切り音を立てながら菰野へと伸びる。
「んんんんんっ!!」
久居の悲痛な叫び。
無理に動こうとした久居に、闇が一層深く食い込む。

リルは強く強く、菰野を守りたいと願った。
それは、久居の願いでもあるはずだから。

菰野は慌てる様子もなく、リルの炎に包まれた刀で、飛び付いてきた闇の筋を左右にいなす。
闇と炎はバチバチと激しい音を立ててぶつかり合い、弾けた。

「ほら、どうと言う事はない。分かったら、まずは落ち着け」

菰野が、久居の一つ残った眼を見つめて、優しく笑って見せる。
菰野の暖かく包み込むような眼差しに、ようやく久居は菰野の心に触れた。
「一人で難しいなら、俺も手伝おう」
こんな状況下でも、菰野は明るく言った。
「師の教えを思い出せ。呼吸は基礎だぞ?」
いつだってそうだった。
菰野は、心配させたくない誰かの前なら、たとえどんな時でも、笑える強さを持っていた。

(……っ! 菰野様に応えなければ!!)
久居の心はそれだけに埋め尽くされる。
闇への畏怖も、それを御せない事への恐怖も、主人の期待に沿えない恐怖の比ではなかった。

菰野は信じている。
久居がこの闇を収められると。
それに応えずして、何が臣下か。

口は塞がれていたが、久居は鼻から静かに呼吸を整える。
派手にもぞもぞと蠢いていた闇が、それだけで、どろりと動きを鈍らせた。
体の状況をよく確認すれば、闇の力は両手から漏れている。まずは握っていた刀を消してみる。それだけで、意外なほどあっさり両手が空いた。
両手を合わせてみるも、闇は溢れて止まらない。
両手に障壁を張ってみても、それは変わらなかった。

じわりと内心焦りを滲ませる久居を見透かすように、菰野が言った。
「止まらないなら、全部出してしまったらどうだ?」
久居が驚きを浮かべた瞳で菰野を見る。
「リル君、炎をこの辺りに置くことはできるかな?」
菰野は、まだ驚いたままの久居の隣に、リルの手を借りて簡易焼却炉を設けた。
「ほら、そこに出してみろ」
久居が言われた通りに闇を注ぎ込むと、炎がバチバチと派手な音を立てて弾ける。
「……花火みたいだな」
目を細めて呟く菰野の言葉に、リルが尋ねる。
「花火って何?」
「見た事ないかい? 今度一緒に買いに行こうか」
炎に包まれた菰野が、優しく答える。

どろどろと注がれる闇が、炎と触れ合い弾けて踊り、火花を纏ってふわふわと溶けてゆくのを、全員がしばらく無言で見ていた。

久居が体内に溢れていた闇を出し尽くす頃には、体に外から纏わり付いた闇も厚みを失い、僅かに澱みが周囲に残る程度となった。
「レイ、頼めるかな」
菰野の言葉に、レイがもう一度眩い光の奔流で久居を洗い流すと、闇はもう、どこにも残らなかった。

張り詰めていた糸が弛み、全員が、朝の清々しい空気に包まれる。
気付けば、淡い色をしていた空は、朝焼けの終わりを迎え始めていた。

「久居、調子はどうだ?」
菰野に問われて、久居が力の流れを点検して答える。
「問題ありません」
体のあちこちに、闇に絞め上げられた跡が痛々しく残っているが、それはこれから治すのだろう。
「リル君、炎をありがとう。長い事大変だったろう」
菰野が労わるように、リルに笑顔を向ける。
「ううん。全然。大丈夫だよ!」
リルがにっこり微笑み返す。

「レイもありがとう。助かったよ」
いつの間にか昇り切った朝日を背後に、菰野の爽やかな笑顔を向けられて、レイはまだ信じられないような気持ちでいっぱいだった。

「いや……。いやいや。なんだこれは。こんな……終わり方でいいのか?」
レイが、間違っているとばかりに頭を抱えてしゃがみ込む。
「闇の力が暴走するって言うのは、なんかこう、もっと凄惨な事になるやつじゃなかったか?
 人も沢山死ぬし、下手すれば闇が土地に留まり、しばらくは草木も生えないような状態になったりするもんじゃないのか?」
レイは今まで天界で見てきた闇の者に関する事件報告書を、何件分も頭の中に思い浮かべながら、目の前の出来事と比べてみる。
これではまるで、不用品の焼却というか、不要な物を体外に出しただけというか。
排泄行為みたいなものじゃないか……??

「レイ……大丈夫?」
リルが心底不憫そうに見下ろしてくる。
やめてくれ。そんな目で見るんじゃない。
別に俺は可哀想じゃないぞ。
久居が無事で、この土地が無事で、よかったじゃないか。
誰一人、犠牲を出すことなく。
時間的にもおそらく、遠い天界に気付かれるとは考え辛いし……。

「レイ、迷惑をかけて、すみませんでした」
久居が申し訳なさそうに謝罪してくる。
久居にも、レイが立場的に相当気を揉んだだろう事は、分かっていた。

「いや……いいんだ…………」
レイが俯いていた顔を上げると、リルと久居の心配そうな顔があった。
それを見て、レイは口端を緩ませて続ける。
「皆無事で、本当に良かった」
レイの背で、ぎゅっと縮こまっていた翼が、ふわっと緩む。
「ボクお腹空いちゃった……」
リルが両手でお腹押さえながら呟く。
「すみません、すぐ用意しますね」
朝食の準備を始めようと動き出す久居の後を、リルと菰野が追う。
「久居、痣だらけだよ、大丈夫?」
「無理するなよ」

そんな三人の後ろ姿を見送りながら、レイは立ち上がる気にもなれず、そのままその場に座り込む。
朝露に濡れた草が、ひやりと冷たい。
朝の光は、何事もなかったかのように古民家と田畑を照らしていた。
いつもと変わらない風景に、レイはようやく息をつく。
「ああ……。皆無事で……。本当に良かった……」
レイはもう一度呟くと、朝日を浴びて輝く真っ白な翼を、伸びをするように片方ずつ大きく広げてから、笑った。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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