24話 海の記憶(中編)

文字数 2,448文字

「うぉっと」
長身の男が、身をよじって火球をかわす。
大男は、炎を纏った拳ではじき返したが、煙を上げて拳が半分ほど溶ける。

大男が苦しむ様を、足は止めないままに長身の男が嘲った。
「ばっかじゃねぇの、あれもうほぼ水色だろ? 当たりにいくとか……ぶふっ」
橙の三つ編みを揺らして本気で笑う仲間を、同じく走りながら大男が恨めしそうに睨む。
「ぐっ……俺は、お前ほど夜目は効かん」
「見えなくても分かんだろ、アレは」
「カエン様より上か……」

竜から、続いて横凪に三発の火球が放たれる。
それを、ヒョイと避ける長身。
「火力だけはな」
大男も今度は確実に避ける。
「そこらの鬼では無いということか」
「ま、そんな報告で、俺らがお咎めなしになんならいーんだけど、な!!」
長身の男が大きく飛び上がり、いつの間にか両手にじゃらりと持っていた針束を、空竜目掛けて十字に投げる。

空竜の本体から両翼まで広範囲に狙う針に、久居が即断する。
「リル、炎を全部刀に!!」
「うん!」
久居の握る刀がずっしりと重くなってゆく。
まだ炎の付与は続いていたが、久居は構わず大きく凪ぎ払う。
弧を描くように、刀から炎が空竜を守るように放たれた。
あちこちで焼けつくような音がして、針が溶け落ちる。
「全部溶けたね!」
喜ぶリルの声を背に、久居は大男が両拳に構えた火球を振りかぶるのを確認する。
「火球を二つお願いします!」
ド、ドンと二発続けて放たれた火球を、久居がリルの火球で正確に撃ち落とす。

そこから交互に来る鬼二人の攻撃を、確実に二度ずつ防いだところで、眼下が海に変わった。
久居の背筋をぞくりと寒気が這い上がる。
しかし、今は海に怯えている場合ではない。

空竜はどんどん高度を落としていたが、なんとか海岸を越え、海の上まで辿り着いてくれた。
「空竜さん、もう少しです! もう少しだけ頑張ってください!!」
久居の励ましに、リルも
「くーちゃん! もうちょっとだよ!!」
と、涙声で応援する。

空竜にはもう返事をする余裕はなかったが、代わりに必死で羽ばたいた。
その度に、鮮血が夜空に舞う。

「おい、他に何かないのかよ、このままじゃ逃げられるぜ」
苛立ちを隠さぬまま、長身の男が大男を振り返る。
「お前こそもっと違う事ができんのか、そんな細い針じゃ役に立たん」
「あ゛ぁ!? お前の火の玉よりよっぽど、ってか自分の技使われて、もっとイラッとしねぇのかよあいつ!」
言い返した長身の男が、はぁ。と一つ大きくため息を吐く。
「……しゃーねーな」
「そうだな」
長身の言葉に大男が頷くと、長身の男はヒョイと大男の肩に乗った。
その足を無事な方の手で掴んで、大男が全力で駆ける。
「頼んだぞ!」
「ま、やれるだけな」
ドン!! という音とともに、長身の男が、大男を発射台に夜空に飛び出した。

「来るよ!」
リルの声と同時に、両手に反った刃を構えた男が、腕を交差させた状態で突っ込んでくる。

今の空竜の速度では、振り切れない。
久居が放った二つの火球を、男は二本の刃でそれぞれ弾き飛ばし、両腕を振り上げる。

尻尾だ。

久居の迎撃で本体までは届かなかったが、男は尻尾を切り落とすつもりらしく、二本の刃を頭上に構え、渾身の力で斬りかかる。

久居の刀では届かない、刀を再構築している時間もない。海に飛び込む覚悟で一歩踏み出すと、刀を包んでいた炎がグンと伸びた。

これなら届く!!

踏み出した勢いのまま、ぐんと踏み込んで刀を横一閃する。

襲い来る炎を、男は双刃でガードする。
男の体のすぐ脇で、薄水色の炎と刃が押し合い激しい音と煙が上がる。
男も刃の炎をより明るく強靭にと力を注いでいるが、リルの炎に刃の半分ほどが蒸発して、
「ってられっかよ!!」
男が双刃を捨て、飛び離れる。
追跡を諦めたばかりの男に、久居の放った針が三本、深々と刺さった。

「ってめぇ!」

落下しつつも反撃の体勢を整えようとする男へ、久居がさらに腕を振る。
それは、先ほど男が放ったのと同じ、針を十字に投げる方法で、防ぎきれない数の針がいくつか男に突き刺さった。

「リル、火球を、炎の余りがなくなるまでください」
ザブンと水しぶきを上げて、男が背から海に落ちる。

「性格悪ぃな! クソが!!」
男が海から顔を出したときには、空竜はだいぶ離れていた。
「貴方ほどでは、ありませんよ」
久居が律儀に返事をしながら、大男のいた海岸から、長身の男が落ちた辺りまで、広範囲に火球をありったけ撃ち込み続ける。

追跡防止の目眩しにか、繰り返す水しぶきと水蒸気で海上が白く霞み、海の匂いが一層濃くなる。

「てめぇ! 覚えてろよ! ぜってぇ俺が斬り刻んでやるからな!!」
遠く微かに、鬼の叫び声が聞こえたが、久居は聞かなかったことにする。

鬼達は、もうそれ以上追っては来れなかった。

しばらく耳を澄ましていたリルが、
「もう大丈夫だよ」
と告げると、既に低空飛行で尻尾の先が何度も海水に浸かっていた空竜が、完全に腹から着水した。

水蒸気が上がって、リルが慌てて炎を引っ込める。
久居はすぐさま海に飛び込んで、怪我の治癒を始めた。
空竜は、怪我したところが海に浸からないよう、精一杯翼を上げるような仕草をしているが、うまくいかずにちゃぷちゃぷと飛沫を浴びては小さな悲鳴を上げている。
「よく頑張ったねぇ……くーちゃん、えらいねぇ……」
リルが半ベソで空竜を労っている。
「空竜さん、本当にありがとうございます」
久居も心からの礼を述べながら治癒にあたるが、もう怪我を全部治せるだけの力は残っていない。

「……っ、すみません……空竜さん、今は応急処置で、後ほど、もう一度治癒させてください」
久居が、自分の力不足を呪いながら絞り出した言葉に、空竜は「クォン」と鳴いて快く応えた。

ホッとした途端、久居の足がもつれた。

着衣のまま泳いでいたからか、疲労からか、体が思うように動かない。
『怖い』と思ったのは、海に対してか、死に対してか、それとも菰野を救えない事に対してなのか、分からないまま暗い海へ引き込まれる。

久居は、波間にとぷんと小さな音を一つ残して、海に消えた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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