17話 手段(後編)

文字数 2,969文字

「チッ!」
ラスは舌打ちと共にその場から大きく飛び退く。
地下に潜れない以上、地上を逃げ切るしかない。
少年は、街道脇の林へ駆け込む。

背後に、敵が現れつつある気配を感じながら、相手が完全に地上へ出現するまでに、どれだけ距離を取れるかに全力を注ぐ。

次の瞬間、目前の地面が揺らいだ。

横っ飛びに避けた先に、背後からの鬼の気配が迫る。
「二人!?」
二人に挟まれる位置から、さらに横に飛び退いたところへ。もうひとつ。
現れた気配は、その力を抑えていないのか、あるいは抑えていて、なおこれなのか、明らかに強い。
「残念、三人だ」
聞き覚えのない声で、最後に現れた男が口を開いた。
二十代前半ほどの見た目だが、蘇芳色の髪に長い一本角、スラリと高い背丈。涼しげな目元。尖った耳も隠す気は無いようだ。
鬼であるなら、まして一本角では、見た目と実年齢は関係ないと思っていいだろう。
真っ白なシャツは襟元だけたっぷりと布が寄せてあり、手元は手首から肘まで袖が広がって、いや切れ目が入ってるのか。男が少年を見下ろしながらゆっくり腕を組むと、ひらりと揺れた。

「私の土地であまり勝手をしてもらっては困るよ。小鬼君」
ニヤリと口元だけで笑う男は、自信に溢れている。
どう見ても、こんな小鬼は自分の敵ではないといった風だ。
「……小鬼と思ってたら痛い目みるぜ」
「そうなのかい? それじゃあ試してみようか。私は小さい子をいたぶるのも、嫌いではないよ」
言葉と同時に、男の周囲に炎が浮かぶ。
状況も悪いが、相手は性格も悪いようだ。
地下ならともかく、こんなところでやり合えば明日の朝には奴らに気付かれるだろう。
一瞬迷ううちに、火球が三つ続けざまに飛んできた。
それをかわして両脇の二人の様子を見るが、二人は主人の指示があるまでは動かないつもりのようだ。
位置的には三人に囲まれていたが、三対一でないならまだやりようもある。
「あまり派手にやると、天使が飛んでくるぜ」
「ふふ、心配ありがとう。しかしここは私の土地だ。いくらでも言い逃れはできるよ」
(くそ、ダメか!!)
さっきより大きな火球が五つ、男の頭上より高い位置に用意されていたそれが順に降ってくる。
少しずつ様子を見ながらの攻撃。男は言葉通り、仕留めるというよりいたぶるつもりらしい。
ほんの少しの時間差で降ってくるそれらをひとつずつ避けながら、なるべく距離を取る。
火球の当たった地面が次々に嫌な音を立てる。煙と、黒く焦げ付いた跡。どうやらかなりの温度らしい。

ラスは、自分の身にも自身の炎を薄く纏っていたはずだったが、相手の火力が高すぎるのか、かすったフードが脱げた。
「うん……?」
派手な赤い髪を見て、男が何やら考え込む。
「君は……、以前下から追い出された、あの小鬼かい……?」
「……だったらなんだ」
(俺のことを知っているとすれば、やはりこいつはかなり高位の鬼だな)
と、ラスは苦々しく思う。
一本角であるだけでも十分手が出し辛かったが、こいつはどうにも、手を出す訳にいかない相手のようだ。
対峙したのが自分だったのが、せめてもの救いだろう。
サラでは、四環を狙われれば、遠慮なしに叩き潰していただろうから。

「ふふふ、あの件はよかった。実によかったね」
急に男が思い出し笑いを始める。
その目は、ラスをあからさまに蔑んでいる。
「お前は、鬼ではないと追い出された挙句、こちらでは白いのに追い回されているのだろう? ふふふ。実に滑稽で、実にいいよ」
心底楽しそうに笑う男に、ラスが叫ぶ。
「何がいいんだ!! お前らが勝手に作って! 勝手に捨てて!!」
「しかし、だとしたら、ここで君を殺してしまうのは惜しいね。君は生きているからこそ、汚点なのだからね」
「!?」
こいつは本っ当に性格が悪いらしい。
「よし、私は気分が良くなったから、君は消えていいよ。見逃してあげよう」
「は?」
男の意外な言葉に、ラスは動きを止める。
「ただし、環は置いて行きなさい」
「……何が狙いだ」
なるべく低い声で尋ねると、男は小さく首を傾げて答えた。
「さあね。案外、君達と似たようなものかも知れないよ」
こないだの人間と違って、こいつはよく喋るな。とラスは思う。
数と力の差が、余裕があるからだろうか。
とにかく、この場は一度引き上げる方が良さそうだ。
(……あいつに、また白い眼で見られんだろうなぁ……)
ラスはひとつ小さくため息をつくと、その場に輪の入った袋を落とし、足先から地に潜る。

地上に立つ者達は、やはり誰も動かなかった。

小鬼が地中に消え、揺らめく波紋が消え切ってから、従者と思わしき長身の男がそれを拾い上げ、主人に手渡す。
「ふふ。思わぬところから良いものを得たね」
中身を手に取って、細い月明かりに当ててみる。
それは確かに、彼がここ数十年、あれば面白いだろうと思っていたものの、手に入れるきっかけもなかった四環のうちの二つだった。
「人から奪ってはならないが、小鬼からなら良いだろうね?」
視線を向けると、二人が揃って頭を下げた。
蘇芳色の髪をした鬼は、顎に手を当てて考えるような素振りで言う。
「まずは、これを使える人間で、私の言う通りに動く者を用意しなくてはいけないね」
呟くと、体格の良い方の従者が頷いた。
主人は大男へ視線を投げて問う。
「あれの三男はどうだろうね」
「明日の昼までには来させましょう」
と大男が返事をすると、主人はひらひらと手を振って面倒そうに言う。
「明日は昼まで寝てるから、夜に連れてきてくれればいいよ。ただ、説得が面倒だねぇ、魂を抜いてしまうと環が使えないだろうしね。まあ、そこはお前に任せよう」
大男は「かしこまりました」と返事をした。

「本当に、明日が楽しみだね」
蘇芳色の髪をした男は、そう呟くと口元をじわりと弛ませた。


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暗い夜の海の上を、風を切って飛ぶ漆黒の翼。
長い黒髪が強引に右前で三つ編みになっているのは、翼に当たらないようにだろうか。

(空を飛ぶのは好き。海の上を飛ぶのも好き)
サラは静かに心弾ませていた。

(明るいところでは黒い羽が目立っちゃうから、夜にしか飛べないけど。
 この計画がうまくいったら、私も昼の世界を飛べるようになるのかな……)
サラは、計画の事、それを立てた父の事を思い浮かべる。
(やっぱり、父さんに直接渡したかったな……。ラス、早く持ってきてくれるといいんだけど)
ラスは、あの環を他にも狙ってる奴がいると言っていた。
それから、先に帰れと私に言った。
もしかしたら、ラスは、私のことを心配してくれたんだろうか。

そこまで考えて、サラはぷるぷると首を振った。

人に期待するのはやめようと、いつも、いつだって思うのに。
気付くとまた期待しそうになってしまう。

どうしてだろう。
誰も私を助けに来てくれないって、もう知っているのに。
それでもまだ、期待してしまいそうになるのは。

あの時父さんがいなかったら、自分はもう、とっくに死んでいたというのに。

(父さんが、優しくしてくれるから……?
 だから、ラスまで優しくしてくれるような気がしちゃうのかな……?)

サラは、不安なような嬉しいような、どこか酷く寂しいような、よくわからない気持ちのまま、夜の海を飛ぶ。

考えても仕方がない。
今は少しでも早く、父の顔が見たかった。

(父さん……)

サラは真っ黒な翼を大きく広げると、海風を受けて力いっぱい羽ばたいた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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