35話 葛藤(後編)

文字数 2,282文字

「……思考プロテクトがかかってるわ」
カロッサが、何か信じられない物を見るような目で、レイを見た。

レイは、狭い小屋の中で一人布団に寝かされていた。
三人と一匹はその周りに座り込んでいる。

レイが頭を押さえて倒れたため、脳内出血の可能性から久居が念のためにと頭に治癒術をかけようとしたときだった。
間違いなくかけているはずの術が、うまく回らない。僅かな違和感ではあったが、何かに妨害されている感覚がある。

そうして、カロッサに見てもらった結果が先の発言だった。

「思考プロテクトと言うのは……?」
横文字を掴みきれずに久居が問う。
海外でも、日常会話には困らない程度の言葉を操れるようになっていた久居だが、それでもまだまだ聞いたことのない単語の方が多い。

カロッサは、まだ信じられないような顔のままで答えた。
「言うならば……人の考えを縛る術ね。自分の都合の良いように記憶や考えを書き換えたりできる術なのだけど、……もの凄く高等な術よ……。天界にだって、使える人はそんなに居ないはず……」

「レイは、誰かに洗脳されている、と言う事ですか」
「天使を甘く見てたわ。あいつら、いつでも清廉潔白みたいな顔して、やることがえげつないんだから……」
カロッサが天使への嫌悪感を露わにする。

「カロッサは天使が嫌いなの?」
リルのストレートな質問に、カロッサが迷いなく「大嫌いよ」と答える。
そこには確かに、憎しみのようなものが篭っていた。
「レイのことも、嫌い?」
どこか寂しそうに、リルが尋ねる。
「レイ君は……一生懸命な良い子だなって思ってたんだけど……」
「けど?」
「……分からないわ。こうなってしまっては、彼の言葉をどこからどこまで、信じていいのか」
そう言ってカロッサが、腕を組むように自身の両腕を抱きしめる。
不安を感じているのだろう。
もう彼には、随分と色々話してしまった。

「その術は、外す事が出来るのですか?」
久居の問いに、カロッサが考えながら答える。
「無理矢理外す事はできるかも知れない。でも、それをかけた相手が知ったら、レイ君がどうなるのかは、分からないわ。それに……」
カロッサが言い淀む。
「このプロテクト……すごく昔からかけ続けられてるみたい。何度も何度も上から厳重に重ねられてるけど、最初にかけられたのは……少なくとも二十年以上は前だと思うわ」

レイが、今のリルよりもっと幼かった頃。
見た目で言うなら十かそこらだろうか。
そんな昔から、今までずっと、レイの思考を縛っている人物がいる。

「レイ自身は、気付いていないのでしょうか……」
「そう、でしょうね。こんなに真っ直ぐな子だもの……」
三人は、眠るレイに視線を落とす。

「レイ君が倒れたのは、このプロテクトに反する思考をしようとしたせいでしょうね」
頭痛が警告代わりなのだろう、とカロッサが言う。
それでもなお思考を止めないならば、強制的に思考回路を焼き切られる仕組みらしい。
「ああもう! これじゃ、天啓で口を塞いでも、相手は頭から取り出し放題じゃないの!!」
カロッサが苛立ち叫ぶ。

久居は考えていた。
ここまでの情報を整理すると、レイが倒れたのは、つまり、天使にとって倒すべき対象の自分を、レイが助けようと考えたから。
助けるための思考を、諦めなかったから。
という事になる。

久居の中では、闇の者の話を聞いて以降、命を狙われるかも知れない自分が、今後菰野様に迷惑をかけず、菰野様を安全に見守るにはどうすれば良いか。という事で頭がいっぱいだった。
菰野様の生活再建についても、レイに手伝ってもらう予定だったものがたくさんある。

ほんの数日前、空竜の上でレイと相談したのが、なんだかすごく昔のようにも思う。

何をいくつ、量は、時期は……という話の繰り返しになってくると、リルはつまらなくなったのか久居の膝の上でいつの間にか眠っていた。

話し合いの途中、本物の四環が見てみたいというレイに、久居は厳重に警戒しつつ環を見せてやったりもした。
「へー、これが本物かぁ。初めて見た。綺麗だな……」
と、レイがその露草色の瞳を嬉しそうに細めていたのを、よく覚えている。

じわり、と久居の纏う気配が不穏に滲んで、リルは背を走る悪寒に思わず肩をすくめた。
「……ねえ、久居、……もしかして、怒ってる?」
リルが、おそるおそる声をかけてきた。
「ええ、少々」
久居は言葉少なに答えた。
その返事に、リルはあわあわと何をしでかしたろうかと狼狽えている。
「違いますよ。私は、自分の事ばかり考えていた私と、レイを道具扱いした人に腹を立てているだけです」
久居の補足に、リルが振り返る。と、カロッサも横から食いついてきた。
「私もよ! 軽率な自分にも腹が立つけど、レイ君をこんな目に遭わせた奴はもっと許せないわ!」
二人のあからさまに怒りに、リルが戸惑う。
「え……、レイってそんな酷い事されてるの?」
「そうよ!!」
まだ事情がよく解っていないリルに、カロッサがぐいと詰め寄る。もっと詳しく説明しようとするカロッサを、久居がやんわり止める。
「カロッサ様、リルはあまり隠し事が得意ではありませんので……」
「あ……、ああ、そうよね。リル君、レイ君もこの事は知らないから、内緒にしておいてね」
カロッサに言われて、リルがくりっと可愛らしく小首を傾げてから返事をする。
「うん、分かった!」
ニコニコの可愛らしい笑顔を前に『ああ、これは分かってないな』と二人は思う。
(後は久居君に任せよう)とカロッサは早々に諦め、久居に視線で訴える。
久居はその視線に頷くと、リルに、何が誰にとって内緒なのかを、詳しいことを伏せつつも丁寧に噛み砕いで教え始めた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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