39話 役割(後編)

文字数 2,862文字

どうやら、リルはカロッサの指導の元、耳とツノを隠すための練習をしていたらしい。
「でも、どうなってるのか見えないと、リル君自身が成功かどうかが分からなくってね。
 また今度、リリーに鏡でも貸してもらってからやろうかって、諦めたとこだったのよ」
と、カロッサが苦笑と共に説明する。
実際に引っ込めるわけでなく、見た目だけを変える術の練習では、確かに、触って確かめても結果が分からない。

「そうなんですね、お役に立てたなら良かったです」
とレイは返事をしつつ、それなら見える部分で練習すれば良かったのでは? と内心思う。
そこへ、カロッサが頬に手を当ててため息まじりに呟いた。
「リル君、手ではできるんだけどねー。ツノと耳は消えないのよねぇ……」

なるほど、とレイは思う。確かに鬼にとってツノは力の象徴でもあると聞いた事がある。種族が違えば、同じ術でも部位によって難易度が異なるのかも知れない。
レイは右隣で、うーんうーんと小さく呟きながら頑張っているリルを見る。
リルの小さなツノの先がチリリと揺らめいて、消えかかりそうになるも、また元に戻ってしまった。

「ところで、天使のサーチ画面って視点固定なの? 北向いてたら顔映らない?」
ワクワクした声に振り返ると、カロッサが紫色の瞳を大きく開き、キラキラ輝かせている。
(かっ……可愛い……っ!!!)
レイはごくりと言葉を飲み込んでから、少し申し訳なさそうに答えた。もちろん顔は赤くなっていたが、これはもう仕方がない。彼女が可愛すぎるのが悪いのだ。とレイは思う。
「……残念ですが、視点は手動で変更できます」
「ちぇー、そっかー。残念……」
カロッサがやはり、つまらなそうに唇を尖らせる。
そんな拗ねた仕草すら、レイにはたまらなく可愛く見える。

(……伝えたい事。か……)
先ほど久居に囁かれた言葉がよぎる。が、レイはカロッサに何かを伝える気はなかった。

好意を伝えるだけならば、やろうと思えば出来るだろう。それでも、それからどうすれば良いのかが、レイには分からなかった。
異種族、それも、成長スピードが倍ほども違う相手に、一体何ができるというのか。
カロッサは今三十代後半だったが、たとえこれから五十年ほど経って、彼女の寿命が尽きる頃、レイはまだ外見的には五十代にもならないだろう。

せめて仕事として、彼女が命尽きる時まで、その命を守れたなら……。
レイはカロッサの警護の任を勤め上げる事を何より願っていたが、それも叶わなくなってしまった。

レイが、胸にわだかまる気持ちを切り替えようとかぶりを振ると、長い髪がふわりと周りに広がる。

それを見て、カロッサが言う。
「その髪、結んだほうがいいんじゃない?」

きょとんとレイがカロッサを見ると、カロッサはニヤリと企み顔になった。
「ふふっ、術のお礼に、私がコーディネートしてあげましょうか?」
カロッサの、つり目という程キツくない、緩やかなカーブを描く紫の瞳が、悪戯っぽく細められる。
それだけで、深い紫色は宝石のように煌めいた。
その小悪魔のような微笑みに、レイはすっかり見惚れてしまったのだった。

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「……なるほど、経緯はわかりました」
久居が、どこか冷ややかにレイを見下ろした。

今のレイは、久居よりも一回りほど小柄な姿をしている。

「レイ君操作系うまいわよねー。ついつい楽しくなって弄り過ぎちゃった」
カロッサが、あははと笑いながら言う。
「でも、うまく出来てるでしょー?」
先ほどまで、まだ若干イライラしていたはずのカロッサは、随分とスッキリした顔をしていた。
レイで散々遊んで、すっかり発散出来たようだ。

「やっぱり、これじゃダメだよな? な??」
レイは、縋るように久居を見上げる。
ダメだと言って欲しいらしいレイの言葉に、久居がもう一度レイの姿を眺める。

髪は黒に近い色に染められ、後ろで簡素に束ねられている。目や眉も同様に黒に近付けられ、眉は細く、目は黒目がちに整えられていた。
体格も小柄に、菰野とフリーの間くらいに収まっており、その体には、いつの間に調べたのか、きちんと山村の村娘同等の服が着せられ、何故か大きな背負子を背負っていた。

「いえ、変装としては上出来だと思います。……まさか、女装とは思いませんでしたが」
久居の言葉に、レイがガクリと大きく肩を落とした。
「…………ありなのか……」
レイとしては、カロッサに手伝ってもらった以上、久居に断られたという形にでもならなければ、申し訳なくて外見設定を変更しきれないようだ。

うなだれたレイの細い体のラインをなぞって、束ねられた黒髪が肩から零れる。
それは、どこからどう見ても、間違いなく可憐な少女だった。
「レイ、とっても可愛いよっ!!」
間違った方向へ励ますリルの言葉に、今小屋前に着いたばかりのフリーが驚いて駆け寄る。
「え、えっ!? その子って、天使さんなの!?」
フリーが、見慣れない少女を上から下まで眺めながら、その中に天使の面影をひとつも見つけられずに困惑する。
「うん、フリーもやってる、翅を隠す術だよ」
リルの言葉にフリーがもう一度驚く。
「そーなの!? えっ、あれ極めたらこんな風に好きな見た目になれちゃうわけ!?」
「みたいだよー」
「なにそれ! 私、練習頑張る!!」
「ボクも頑張るーっ!」
何やら、リルとフリーの術への意欲が高まっている様子に、カロッサが満足そうに頷いている。
(流石にレイ君ほど完全に姿を変えるのは難しいだろうけど、せめて私が見てやれるうちに、ツノや翅くらいは隠せるようになってもらわないと)
と、カロッサは残り時間をそっと数える。
何か少しでも残せたらと思うのは、きっと私のエゴなのだろうけれど。
それでも、友人の子ども達に、一生使える技術を残せるのなら、それはカロッサにとって、とても嬉しい事だった。


「菰野様、いかがですか?」
久居が少年主人を振り返り、レイの外見について確認と承認を求める。
菰野は「久居に任せる」とだけ苦笑しながら答えた。

いつの間にやら、菰野はリルとフリーの話に巻き込まれていた。
フリーに好みの髪型や容姿を聞かれては
「そのままのフリーさんが可愛いよ」とさらりと返して
「そ、そういう事じゃないのっっ」とフリーをどぎまぎさせている。

久居は、主人の許可を得てレイに向き直ると、気になっていた点について尋ねた。
「その背負子は?」
尋ねられたのはレイだったが、なぜかカロッサが嬉々として横から答える。
「いいアイデアでしょー!? レイ君の羽と、減らした分の体格を詰め込んでみたの!」
「なるほど、そうですか……では、荷物は入らないのですね……」
カロッサの答えに、久居があからさまにガッカリする。
じわりと伏せられた黒い瞳に、レイは思わず言ってしまう。
「いや、少しなら入るぞ」
久居は、まるで待ち構えていたかのように、即座に尋ねた。
「私達の荷物をお願いしても?」
「あ、ああ」
答えるレイの、今は小さな頬が小さく引き攣る。
「ありがとうございます、助かります」
久居がやたら綺麗に微笑むのを見て、レイは少しだけ、まずい事を言った予感がした。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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