27話 蛇(前編)

文字数 2,727文字

レイは朝日と共にやってきた。
朝焼けの広がる空に、白い翼が風を切って舞う。

「待たせたな、カロッサさんは変わりないか?」
地上に降り立った天使は、開口一番そう尋ねた。
それに対して、リルがちょっと困った顔をして答える。
「うん。んー……まあ、えっと、元気かなぁ?」
「そっ、それはどう……」
リルの曖昧な返事に、明らかな焦燥を見せるレイ。
「大丈夫です。危害を加えられるようなことは一切ありません。カロッサ様がご自身を責めていたというのはありますが……」
不憫に思った久居がそっとフォローを入れる。
レイは、ホッとしたような、どこか痛そうな表情で答えた。
「……そうか……」
天使は自身の背を振り返りながら、真っ白な翼を布のような物に変える。
人に見られた時のためのカモフラージュだろうか。
ふっくらと厚みのある翼が、ずっしりと重みのありそうな布へと姿を変えてゆくのを、久居は不思議な気持ちで眺めた。

リルは起きたばかりなのか、まだ眠そうに顔を擦っているが、久居は既に身体を動かした後のようで、身支度も整っている。
レイは結界へ手を翳した後、二人を見回して言う。
「どうする? この結界なら侵入者探知機能だけだし、入るのに物理的な抵抗は無いと思うが、俺が解除することもできる」
「ふーん……?」
リルが、分かったような分からないような返事をしている。
「そうなのですね。私達は敵に知られていますので、私達が敵を引きつけている間に、レイさんと空竜さんでカロッサ様の救出をお願いできたらと思っていたのですが。解除できるとなれば、別の方法も取れそうですね」
久居が指を口元に当てて、考え込む。
「いやまあ、解除したところで解除した事はバレるし、基本はそれでいいと思うが。……もし戦闘になったら、お前達だけで何とかなるのか?」
レイが心配そうに二人を見る。
リルは鬼だと分かっているが、まだ幼いようだし、もう一人は……。
「久居も鬼なのか?」
角などは見当たらないが、隠している可能性もある。そう思って尋ねたレイに久居はほんの少し視線を下げた。
「いえ、私は人間……です」
久居は、ずっと自分を人間と信じて生きてきた。けれど、今となっては自信がない。
躊躇いつつ答えた久居だったが、レイは気にならなかったようだ。
首を傾げながらレイが尋ねる。
「お前達の関係がよく分からないんだが、久居もそこそこ戦えるんだな?」
「久居はボクよりずーっと強いよ!」
リルがなぜか胸を張って言う。
「いやリルの力量も分からないからな。俺なら赤い炎の鬼なら二~三人は相手にできると思うし、オトリ役を変わった方が良ければ……」
「赤い炎?」
リルが首を傾げる。
そういえば、お父さんも赤いののほかに黄色とか白とか色んな色の炎を出してたな……。とぼんやり思い出しつつ。

「……知らない、のか……?」
レイがリルにほんのり憐みがかった目を向ける。
鬼として、この子は大丈夫なのかと思うと同時に、こんな基本的な知識すら得られない環境にいたなんて、何か不幸な事情があったのだろう、と配慮したレイは、なるべく易しく解説を試みた。
「一般的に、鬼が使う炎の色は赤だ。だが、もっと力の強い鬼だと、赤より高温の黄色い炎を使ってくる。それより高温になると白だな。まあ白い炎を使える鬼には、まず会う事は無い」
手振りで階層のようなものを示すレイに、リルは「ふーん」と答えると、久居を振り返る。
「あの大男は赤い炎だったよね」
リルの視線を受けて、久居が続ける。
「ええ、背の高い男の方は、赤から少し橙がかった色でしたね」
レイはその言葉に若干の焦りを浮かべる。
「オレンジ色がいるのは手強いな。そいつらの主人ともなると、下手したら黄色まで出せる可能性もある。鬼ってのは、実力主義な気質が強くて、自分より弱い主人に仕える事があまりないんだ……」
レイの分かりやすい説明に、リルがまた「ふーん」と分かったような分からないような返事をした。
その隣で久居は今までに見てきたリルの炎の色を思い浮かべる。
(リルの使う炎は、淡い黄色から白が多いですが、強い感情が伴うと水色に近付きますね……水色は白より、もっと上という事なのでしょうか)
つまり、リルは炎自体の力量では、あの二人よりも上と言う事のようだ。

「単純に炎と炎がぶつかり合うと、より高い温度の炎が勝つ。今回の敵だと、リルじゃ押し負けるんじゃないか?」
リル達の身を案じるレイに、心配そうに覗き込まれて、二人は
「大丈夫だよー」
「お気遣いありがとうございます」
と笑顔で答えた。

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久居とリルが、カロッサの囚われた建物の反対側の壁を破壊したようだ。
城壁が崩れ落ちる盛大な音がレイのところまで響く。

壁の破壊を提案した久居は「陽動は派手に行なうものですよ」と微笑んでいたが、もしかしたら、城の人間達になるべく逃げてほしかったのかも知れない。
この騒ぎに城中の者が気付き、幾人かが逃げ出すのを見て、レイはそう思った。
中の者達が動き出すのを確認したレイは、カロッサの囚われた部屋の窓に張り付いた。
「カ、カロッサさん、聞こえますか、警護担当のレイザーランドフェルトです」
囁き声が上擦って、レイは顔が赤くなるのを感じる。が、今はそんな事に構っている場合ではなかった。
「あ……天使の……?」
カロッサが内側から窓を開けーーようとして、諦める。
「さっきの音も天使が?」
「いいえ、あれはリル達です」
返事をしながら、内にかけてあった結界をレイがそっと解いた。
「あっ、それ解いたら気付かれちゃ……」
躊躇うカロッサに窓を開けるよう促しながら、レイは続ける。
「カロッサさんは、空竜と上空に待機していてください」
窓を開けたカロッサが、レイにグイと引き上げられ、待機していた空竜にふわりと乗せられる。廊下側の扉には、すでに足音が迫っていた。
バンッと乱暴に戸が開く。
「何者だ!」
叫びと共に現れたのは大男の方だった。
(赤い炎のやつだな)
おそらく、残りはリルの方に行ったのだろう。
中庭のあたりで、激しい戦闘音が続いている。

「……天使……、だと……」
大男に動揺が見える。
レイは胸を張って高らかに告げた。
「ああ。お前達は、触れてはならないものに手を出した。これは天による裁きだ!」
この宣言で、レイは自身の背後、天界に恐れをなしてくれることを願ったが、大男は半歩後退ったのみで、その場に踏み止まった。

大男が、ギッとこちらを睨みつけ、腰を落とし、両拳に炎を纏う。
「そちらの事情は主人に伝えてくれ。私は、屋敷に入った不法侵入者を排除するだけだ」
どうやら戦闘は免れそうにない。
リル達のことは気になるが、レイは気持ちを切り替え目の前の敵に集中する。
まずはこの男を倒す。
今度こそ、カロッサさんを守るために。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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