40話 生きる理由(4/6)

文字数 2,371文字

黒い翼の少女は、夜更けにやってきた。

近付く羽音に気付いて、赤い髪の少年鬼は見張っていた人間の住む家から距離を取る。
こんな夜中に、バサバサと羽音を立ててくるのなんてあいつくらいのもんだろう。
梟は、もっとずっと静かに飛ぶ。
(けど、あいつは、あの男の側を離れないかと思ってたけどな……)

なるべくしっかり減速したらしい少女が、それでも二、三歩勢い余ってこちらに来るのを、少年は半眼で見た。
天使達と、同じ動きだな。と思いながら。

「……」
変わりはないかと小さく尋ねてくる少女に、赤髪の少年鬼は知らぬふりで答える。
「お前も来るとは思わなかったな」
「……ラスだけだと、失敗しそうだから」
「……っ!」
なんでそれはハッキリ言うんだよ!!
という叫びを、少年は胸へと飲み込んだ。

ここで張り込んでいても、天使がいつ環を持ってくるのかは分からない。
半月後かも、半年後かも、三年後かも。
そんなに、この少女はあの男と離れていられるのだろうか。
「っ、そんな長いこと、あいつ一人放っといていいのかよ」
思わず拗ねたような声色になってしまったが、心配だったのは本当だ。
ラスの言葉に、サラはぽつりと答える。
「父さんは、弱くないよ」
「……そうかよ」
そういう事じゃねぇよ!! という叫びは、またも少年の小さな胸へと仕舞われた。

まあ、寂しくなれば、こいつは途中でも一人帰るのかも知れねぇしな。
などと思いながらも、それまでの間だけでも一人で見張らずに済む事に、ラスはホッとしていた。
いや、寂しいとかじゃないぞ。
二人なら、交代で買い物にも情報収集にも行ける。それは大きい。
決して、寂しいとかじゃない。

どこか挙動不審な少年鬼を、サラは、胡散臭そうに眺めて尋ねた。
「何? ラス寂しかったの?」
「違ぇよ!!!」
思わず叫んだラスに、サラは思い切り嫌そうな顔で呟いた。
「煩い……」
ハッと少年が我に返って、ばつが悪そうに俯くと、ぶつぶつ言い訳をする。
「っ、悪ぃ。……ターゲットの家からは距離取ってっから、気付かれる事はねぇよ……」
「ふーん」
気のない返事に、少年は、自分が元から少なかった信用をすっかり失っていることに気付かされる。
「っ……、今度こそ、手に入れないとな」
ラスは赤い瞳に決意を宿して、言葉とともに拳を握り込む。
少年の燃えるような赤い髪からは、小さなツノが二本覗いている。

少女は、そんな小鬼を……自分よりひと回り以上年上なのに、自分よりもずっと幼い外見をした、頼りない小鬼をチラと見下ろしてから「うん」とだけ答えた。


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カロッサの術の中。
幼い久居は、仲の良い両親と弟とともに穏やかな日々を送っていた。

父親は、毎日ほとんど家から出る事なく、家事をしたり久居と弟の邑久(ゆうひ)の面倒を見て過ごし、母親だけが外に稼ぎに行っていた。

そのためか、生活は実に実に慎ましやかではあった。
けれど、四人はとても幸せそうに見えた。

久居の視点からカロッサが見る限り、両親ともに術を使う様子は無い。

三つ下の弟は久居にとても懐いており、べたべたと甘えてくる弟を久居は邪険にする事なく、まめに世話を焼いていた。

不思議な点があるとすれば、久居の父が何故か常に丁寧語で話している事くらいだろうか。
そんな父親につられてか、久居も普段から丁寧語を話していた。
母親はそれを好ましく思っていたようだったが、父親はなぜか、それを酷く悲しんでいた。

そんな日々の中、久居の左肩、背中側にほんのりと紅い痣のようなものが浮いてくる。
それが濃くなる度、思い詰めた表情をしていた父親が、ある日突然、居なくなった。

寒い冬の出来事だった。

母親はそれから毎日父親を探し回るようになった。
当時七歳だった久居は、家で弟の世話をしながら両親の帰りを待つ日々となる。
元々よく手伝いをしていたためか、久居は苦戦しつつもなんとか弟の面倒を一人で見ていた。
そんな懸命な久居の隣で、母親は徐々精神を病んでいった。

もしかしたら、久居がもっと子どもらしければ。
もっと手のかかる子だったなら。
母親は子ども達の世話をするうちに心を立て直せたのかも知れない。

けれど久居は、父を探す母の邪魔をしないようにと、母を助けたい一心で、一人弟の面倒を見ることに懸命になってしまった。

結果、母親は一人の時間を大量に抱えて、心を壊してしまった。

母親は、今までと変わらぬ様子で優しく接してくれたかと思えば、突然、父によく似た久居に行き場のない激しい感情をぶつけて来た。
かと思えば、またわずかに正気に戻り、傷だらけの久居に泣いて詫びる。

久居はその度に、耐え難い恐怖と苦痛を感じていたが、この不憫な母を助けたい、元に戻ってほしいと願うばかりで、憎むことは無かった。

肩の紅い痣を執拗に斬り付ける母に、久居は、この痣が原因で父が居なくなったのなら、それはつまり、母がこうなったのは、自分のせいなのだと思う。

母に似た顔立ちの邑久が、母に責められなかったのも、やはり非があるのは自分だけなのだと久居に思わせた。
けれど、弟が傷付かずに済んだ事は、久居にはただただ有難い事だった。

痣は、どれだけ深く傷付けられても、傷口が塞がるに伴い、少しも消える事なく浮かんできた。

母親は家にいてもぼうっとしていたり、ただ何かを呟いていたりすることが多くなり、久居は、痛む身体を引き摺りながらも、お腹を空かせた弟と母に食事を用意していた。
母は仕事に行ったり行かなかったりの日々で、ほんの僅かの貯金は、あっという間に底をついた。
空腹は久居からも思考力を奪ってゆく。
この辺りの記憶がほとんどぼやけているのは、彼の体力的な限界なのだろう。

そんな日々がどのくらい続いただろうか。
季節はようやく春を迎え、外を吹く風も暖かくなってきた。
久居が八歳になったばかりの、やけに生あたたかい夜、母親は久居と邑久を連れて海へ来ていた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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