32話 変態登場(後編)

文字数 2,298文字

「これから変態を呼ぶわね」
カロッサは、真剣な顔で、リルとレイの顔を順に見て言った。
「………………は?」
おそらく、真面目に聞かねばならなかったのだろうその言葉は、レイには理解不能だった。

「リルは、変態には会ったことあるの?」
「ううん。お母さんが変態を呼ぶ時は、絶対家に居なさいって言うから、見たことない」
「そうでしょうね……」
カロッサが目を逸らし、苦い顔をする。
どうやら、分かっていないのはレイだけで、リルにはそれで十分通じたらしい。
「ええと……、その、変態とおっしゃるのは……?」
レイの声に、カロッサがぐるんと勢いよくレイに向き直り
「レイ君、リル君をお願いね。あの変態に、リル君を! 絶っっっ対!! 渡しちゃダメよ!!?」
「え、あ……はいぃっ!」
人差し指を立てたカロッサにぐんぐん距離を詰められて、レイは真っ赤になりながら答えた。

あれから、少し遅れて目覚めたリルも、食事や身支度を済ませていた。
しかしまだ疲れが残っているのか、時々眠そうに目を擦っている。
きっと久居なら、まだ寝かせてやるんだろう、なんて思いつつ、レイは、とぼとぼ歩くリルの手を引いて広い湖の反対側まで移動した。

「こんなに離れる必要があるのか……?」

振り返れば、カロッサの姿は豆粒……いや、砂粒ほどの大きさだ。

「んー……なんか、変態はすごく耳とか鼻がいいんだって、お父さん言ってたよ」
またこしこしと顔を擦るリルの声は、やはり眠そうだ。
レイは先程の話を振り返る。
変態と呼ばれているのはリルの父親の従者だという話だ。
治癒のできる久居がこうなってしまった以上、久居を治すためには久居以外の治癒術者が必要になる。
それで、久居の治癒術の師であるという、リルの父親に協力を求めようという事らしい。
が、その肝心の父親はいつも仕事で方々を飛び回っているらしく、連絡を取るためにはその変態とやらを呼び出すしかない。
……と言うのがレイがカロッサから聞いたすべてだった。
「いやでも、別に敵じゃないわけだろ? なんでこんなに警戒するんだ?」
レイが首を傾げつつ疑問を口にするも、それに答えられそうな者はここには居なかった。
「ボクも会ったことないから、分かんないよ……」
こくりこくりと船を漕ぎ始めたリルを「おい、まだ寝るなよ」と揺するが、「んー……」と返事をしたリルは、間もなく寝息を立て始めた。

「いてて……」
リルが、レイのマントにしがみつくように寝てしまったので、指を解こうとするのだが、握力が半端ない。
このマントは、中間界にいる際にレイの羽を布のように見せているだけの物なので、血も通っていれば痛覚もある。
そこにぶら下がられれば、当然、重いし痛い。

仕方なく、レイは片腕でリルを抱き上げる。
「……軽いな」

カロッサに、リルを守るためなら少々攻撃してもいいと言われた以上、両手は空けておきたかったのだが、仕方ない。
そもそも、攻撃してもいい連絡係とは、一体どう言うことだ……?
レイはまた一人首を傾げる。
カロッサは遠目でよくわからなかったが、何やら地面に向かって叫んでいるようだった。

「早く連絡が付くといいな」
ぽつりと呟いた言葉は、広がる湖面に溶けていった。

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一方、カロッサも、変態の一刻も早い登場を願っていた。
それはもう。心から。

カロッサは顔を赤く染め、じわりと嫌な汗を滲ませながらも耐えていた。
そこらに落ちていた焼け残りの植木鉢を逆さに地面に置いて、カロッサはその穴に向かって叫んでいる。

「クザンかっこいー! クザンすーーてーきー!!」
叫ぶごとに、自分の中の気力がゴリゴリと削られていくのを感じる。
「閻王さんちのクザンさーんっっ、まーあ、できがいいわあー!! だぁぁぁれが育てたのかしらぁぁー!?」
(あーっもーっっ毎度恥ずかしいんだから! 早く出てきなさいよ! 変態め!!)
苛立つカロッサの背後で、ゆらりと地面が揺れる。
「ぐふ、ぐぐふふふふふふふ……」
不気味な笑い声と共に、その変態は血の底より現れた。

「そぉぉぉぉうでしょうとも!! 私の! 私の玖斬様は!! この世に唯一無二の、貴くやんごとなきお方ですから!!?」
やっと解放されたカロッサが、もううんざりとばかりに、ため息をつきながらげっそりした顔で振り返る。
「……はいはい。来てくれて助かるわ……」
「玖斬様の噂のある所! この火端、何処であろうと馳せ参じましょうぞ!!! それがたとえ中間界であろうと、獄界の底であろうと、この世の果てであろうと!!」
「用件言ってもいい?」
まだまだ止まりそうに無い変態の話に被せて、カロッサが無理やり切り込む。
「リリーのとこに行くように、伝えてくれる?」
「玖斬様へのご伝言ですね、確かに承りました」
キチッとした仕草で一礼する変態。

クザンより頭ひとつ分以上は大きいだろう背丈に、シミひとつない真っ白な中華風の服が、キチッと締められた首元から足元まで真っ直ぐなラインを作り出している。
学者を思わせるような五角形の帽子からは、さらさらした臙脂色の髪がのぞき、額からは白い肌と同じ色の二本のツノが生えている。
帽子と肩にかかる布の色は、敬愛するクザンの色なのだろう、クザンの髪と同じ檜皮色をしていた。
白目に対して控えめな大きさの赤い瞳が、変態をより変態らしい三白眼にしていた。

(それでも、黙ってれば、頭良さそうに見えるのに……)
と、カロッサが思い終わるより先に、変態が口を開く。

「……玖斬様に似た匂いがしませんか?」

「っ!! しないしないっ! 緊急の伝言だから、すぐ伝えに行って――」

カロッサの言葉が、風に煽られて掻き消される。
次の瞬間には、変態はレイの目の前に居た。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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