15話 力(中編)

文字数 2,227文字

(ああ、そうか……)とリルは気付く。
リルは今までも、これと同じような視線を浴びていた。
三年前の、あの日……。
フリーと最初にガラス玉を買いに行った日。
あの日から、村の人達のボクを見る目が変わった。
今までの、軽蔑や嫌悪とはまた違う。あれは……。

ーーあれは、怯えた目だったんだ……。

リルはあの日の遠く薄れた記憶を必死で呼び起こす。
確かにあの日、一度、この体は薄い炎に包まれたような気がする。
今日のように……。

ボクはあの日、一体……、何を……。

不意にリルは体中の力が抜けて、ぐらりと姿勢を崩す。
「リル!!」
久居が叫び、駆け寄る。

霞む視界の向こうに、クリスが、どうしたらいいのか分からないような表情を浮かべているのが見えた。

(クリス……ごめんね、怖がらせちゃって……)
リルは、倒れながらもその手をクリスに伸ばしていた。
(ボクはーー)
その手に、クリスがびくりと怯え、身を縮める。
リルは自分がどんなに恐れられてしまったのかを痛感した。
(ボクは……ただ……クリスを……)
視界は見る間に滲み、歪む。
(守りたかっ……ーー)

そこまでで、リルの意識は途切れた。

久居は何とか地に付く直前でリルを受け止めると、ホッと息を吐く。
うつ伏せに受け止めた小さな体を、ころりと返して確認する。
力は漏れていない。脈も呼吸も正常のようだ。
自分がギリギリを狙ってしまった足にも、どうやら外傷は無い。
しかし、その心には、目に見えない傷が残ってしまったようだと、久居は感じた。

腕の中で眠る小さな少年は、意識を失ってなお、悲しげに眉を寄せている。
溢れたいくつもの涙の粒を、久居は首巻きの端でそっと拭う。
けれど、涙はまた、じわりとその閉じられた瞼から溢れてしまった。

この傷は、治癒術では治してやることができない。
久居は、この少年を守りきれなかった自身への怒りを、そっと胸に仕舞った。
まだ久居には、為すべき事が残っている。

「……ひ、久居さん、は……。人間……なの……?」
途切れ途切れに問われて、久居は一呼吸だけ整えて、答える。
「はい、そうですが?」
クリスは、躊躇いながらも、尋ねる。
「リルは……人じゃないの、よね……?」
「……ええ」
その答えに息を呑むクリスに、久居は思わず問うてしまう。
「人でなくてはいけませんか?」
クリスが動揺する気配が、久居にも伝わる。
久居は、意識が途絶えるまで少女を案じていたリルの小さな肩を、慰めるようにそっと抱き締めると、そのまま、その場に横たえる。
口が過ぎた事を反省しながら、久居は努めて冷静に、クリスに語りかける。
「あなたがこの腕輪で使う力も、人ならざる力ではないのですか?」
取り返した腕輪を、クリスへ向けて示す。
「それは……」
口ごもるクリスへ、久居はその腕輪を二つ、返した。
急に近付かれて一瞬身を縮めたクリスに、久居は気付かないふりをして、また背を向ける。
「これ……」
腕輪を受け取って、困惑を浮かべるクリスに、久居は振り返らず答えた。
「あなたの物でしょう。それより、リルを看ていてください」
「えっ!?」
クリスは、慌てて地に寝かされているリルを見る。
「私は、牛乳の手当てをします」
久居が向かっていたのは、ピクリとも動かなくなった白猫の元だった。
傍に膝を付き、牛乳に手を翳して何やら始めた久居に、クリスが息を呑む。
「……そ」
クリスが、それ以上を言えずに言葉を途切れさせてしまう。
「……その子は……もう……」
震える声で、何とかそれを口にした少女に、久居はハッキリと告げる。
「可能性はともあれ、力を尽くします。あなたにとってこの猫は、かけがえない存在なのでしょう?」

久居の言葉に、クリスはじわりと涙を浮かべた。
(牛乳……)

最近の牛乳は、リルをからかって遊ぶのが好きだった。
今日だって、朝からリルの帽子の上に居座って、リルの顔の前で尻尾を振ってはリルが嫌がるのを、それはそれは楽しそうな顔で眺めていた。

クリスの胸に、さっきのリルの言葉が蘇る。
『クリスは、牛乳の事すごく大事にしてたんだ。それを……』
リルは、私のために、私と牛乳のために、怒っていた。

昨日、夕食の後に、牛乳の事でリルとこんな会話をした。
『小さい頃からずっと一緒って、ボクとフリーみたいだね』
『フリー?』
私が尋ねると、リルは嬉しそうに笑って答えた。
『うん、ボクの双子のお姉ちゃんなんだよ』

リルは、牛乳の事を、私の家族として見てくれていた。
大事にしようと、してくれていた。

……それなのに、私は……。

クリスは眠るリルの顔を見つめる。
悲しげに寄せられた眉。
涙の痕が残る頬。

自分へと手を伸ばしたリルの、酷く傷付いた顔がクリスの胸に蘇る。

「リル……」
クリスは、眠るリルの隣に腰を下ろした。
「ごめんね……」

クリスの謝罪の言葉が耳に入って、久居は心底ほっとした。
同時に、彼女の度胸に感心する。
流石にここまで一人旅をしているだけはある。と言う事だろうか。
今は人畜無害そうな寝顔ではあるが、地面を溶岩にしたばかりのリルを、こうも容易く受け入れられるなど。
少なくとも、そこらの町娘にできる芸当ではないだろう。

クリスは、リルを頭から爪先まで眺めてみる。
自分と同い年だとリルは言ったが、やはり自分よりも一回り小さい。
それなのに、私のために無理をして、リルは疲れ切って眠ってしまったのだろう。
クリスも、腕輪の力を使った後は、クタクタになるし眠くなる。
(リルが目を覚ましたら、ちゃんと言うからね。ありがとうって……)
クリスは、眠るリルへ、そう約束した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み