28話 傷(前編)

文字数 1,890文字

カロッサとレイが、久居の傷ーーと言っても、出血は止められていたが、臍から指四本分ほど離れた場所のそれを覗き込む。
薄皮が一枚、なんとか組織の流出を防いでいるだけの、深く抉れたそれは、傷痕というよりまだ傷そのものだった。
「ここだけ、治せないのですが、これはやはり先程の……」
久居の指した傷の奥には、小さな蛇の形の火傷跡が朱く残っている。
傷を覗き込んだ二人が、それぞれ答える。
「これは……おそらく一種のマーキングだ」
「呪詛の形に近いわね……」
告げる二人の表情が険しくなる。それを見て、答えを何となく予測しながらも、久居が確認する。
「お二人に解除は……?」
「この場では難しいな……。上で調べてくれば方法はあるかも知れないが、俺は明日当番もあるし、来れるのは三日後だ」
「御師匠様(せんせい)ならできたんだろうけど、私の腕じゃ……まだ出来そうにないわ、ごめんね……」
まだ落ち込み気味だったカロッサが暗くなるのに対して、一緒に覗き込んだ事でカロッサと顔が近付いたのに気付いたレイが赤くなっているが、久居は見なかった事にして、尋ねた。
「切り取れば解除できますか?」
「ああ、切り取れば……ってお前それ臓器だろ!? わざと内側につけてあるんだ! 外されないように!!」
答えかけたレイが慌てて叫ぶと、レイの膝の上でリルが鎧にごちんごちんと頭をぶつける。が、目覚める気配は微塵もない。
レイは、赤くなったり青くなったり忙しそうだ。
「そうね、この部位に付いてるだけの術みたいだから、ここだけ落としてしまえば、大丈夫、だと、思うけれど……」
カロッサも遠慮がちにではあるが答えてくれたので、久居は安心した。
「それなら良かったです」
ふわりと微笑む久居に、カロッサは黙り、レイは叫んだ。
「いや、良かないだろ! 自分で切って自分で治す気か!? 切った時点で気を失ったら死ぬしかないんだぞ!?」
「……まあ、そうですが、このくらいでしたら大丈夫ですよ」
レイの勢いにちょっぴり押されつつ、久居が答える。その返事に、ゔゔゔとしばらく唸ってから、レイが顔をあげた。
「……分かった。俺が手伝う」
真剣な、覚悟を決めたようなその表情に、久居は内心首を傾げる。
この程度の処置、一人でもそう危なげなく出来ると久居は判断しているのだが、相手はそうではないらしい。
「いえ、そんなお手数をおかけするわけには……」
「いいから!」
強く遮られて、一瞬久居がキョトンと驚いたような顔をしたが「では、お言葉に甘えて」と笑った。
あどけなくはにかんだ久居の柔らかな微笑みに、カロッサとレイが目を奪われる。

(へえ、久居君も、歳相応の顔をすることがあるのね……)
カロッサは、その微笑みに心癒されながらも、そんな彼をこの先も戦場に送らざるを得ない現実が心に重くのしかかる。
カロッサが横をチラリと窺うと、金髪の天使は同じように久居を見ていた。
(御師匠様の仰っていた崩壊を防ぐための三人目……。天使の青年っていうのは、やはりこの子で間違いなさそうね……)
そっと確信を強めるカロッサの隣で、当の天使は久居の笑顔にまだ動揺していた。

(い……いやいやっ、内臓切り取ろうって話で、そんな風に笑うか!?)
レイはここまで真面目な顔ばかりだった青年が、ほんの少し見せた綻びに戸惑っていた。
笑みを向けられたことはあった。けれどそれは優美な微笑みで、こいつはああいう顔で綺麗に笑う人物なんだと思っていた。が……。
(こんな風にも、笑うんだな……)

久居に印を残したということは、あの鬼は、再度久居と接触する気があるのだろう。
つまり、この件はまだ、終わっていないという事だ。

レイはポカンと開いてしまっていた口を閉じると、ひと呼吸整えて考える。
あの鬼は、最後に何と言っていた?
あれはただの世間話ではなかったと、レイもようやく気が付く。
何ひとつ疑問に思うことなく答えた自身に、少しの不甲斐無さを感じつつ、レイはもう一度口を開いた。
「……久居は、四環守護者なのか?」
レイに真っ直ぐ見据えられ、久居はカロッサに視線を送る。
「あーー。うーん……そうねぇ……。レイ君には、話しちゃおうかしら」
そう言って、カロッサは頬に手を当て考える仕草をする。
「これから先、もっと大変な目に遭うかも知れないんだけど……」
カロッサは言いながら三人を見渡す。
「三人ーーリル君は寝ちゃってるわね……ええと、覚悟をしてもらってもいいかしら?」
「え? は、はいっ!?」
レイが顔を真っ赤にして答える。
どうやら、カロッサがリル達につられて、レイの名を短く呼んだのに動揺したらしい。と、久居は気付いたが、ひとまず気付かなかった事にした。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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