40話 生きる理由(5/6)

文字数 1,869文字

月が綺麗で、夜の海は夢の中のようにキラキラと輝いていた。

久居は海の見えるこの町で育ったので、数え切れないほどに海を見たことはあった。
けれど、父親が外に出ない人だったため、波打ち際まで来たのは二人とも生まれて初めてだった。
邑久は、初めての海に、波打ち際で寄せては返す波の飛沫と戯れ、はしゃいでいた。
無邪気な笑顔を見せる弟へ、久居は、潮風が沁みる傷だらけの身体を震わせながらも、なんとかその笑顔に応えていた。
しかし、既に久居にはこの先の予感がなんとなくあって、同じようにはしゃぐ気にはなれなかった。

母親は、膝ほどまで海に入ると、ひとしきり遊んだ邑久と自分を呼び、二人まとめて抱き締めた。母の表情は驚くほど優しげで、久居は泣きたくなる。

服を脱ぐこともなく、三人はひと塊のまま海に入ってゆく。
泳ぐつもりなど毛頭なさそうな母は、ただ海の底を目指していた。

久居は、恐怖を精一杯堪え、黙って母に付き添う。
母のため、せめて共に沈もうと覚悟をしていた久居だが、その覚悟は、まだ幼い邑久に求めるには重過ぎた。

すぐ隣で、今にも波に飲まれそうな邑久が暴れもがくのを、母が押さえようとしている。
それをぼんやりと見ていた久居へ、小さな手が、精一杯伸ばされる。
「おに、ちゃ、助け……」
その瞬間、久居は動いていた。

どうしたのかは自分でも分からなかった。とにかく夢中で、邑久を抱いて、気付けば砂浜に戻っていた。

息が上がっていた。
体中の傷に海水が沁み込んで、ひどく疼いている。
邑久は隣で泣いていた。
久居は、ただ茫然と、海を見る。

「……お母さん……」

海中で、母が手を伸ばしていた。
私を求めていた。
足を海藻に取られていた母は、それ以上こちらに来られないようだった。
これ以上置いていかないでと、一人にしないでと泣いていた母を、私は置いて来てしまった。

……私が、海に置き去りにしてしまった。

母は……。
……母は、……死んで、しまったのだろうか……。

あんなに悲しい人を、……あんなに、優しかった人を……、暗く冷たい海に、一人きり、置き去りに…………?

……あの人を、海に置いて来てしまったのは……。

………………私、だ……。

私が……母を……殺してしまっ――……。


喉の奥で、何かが爆ぜた。
久居の突然の慟哭に、邑久が必死で久居を抱きしめる。
「おにいちゃん、ごめんなさい! おにいちゃん、ごめんなさい!」
そう泣きながら繰り返す弟に抱き付かれたまま、久居は意識を失うまで泣き叫んでいた。



両親が暮らしていた家は借家だったため、幼い二人はすぐに住むところを無くした。
父からも母からも、家族らしい人の話は聞いた事がなく、町には仲の良い人どころか知り合いすらもまるでいなかったので、必然的に二人は路上で生活するようになった。

久居は、たった一人の弟を生かすため、ありとあらゆる手段で稼いだ。窃盗こそしなかったが、それは弟を守るためで、自分の身はいくらでも切り売った。

夏が過ぎ、秋まではそれなりに生活ができたが、それでも、冬の寒さを乗り切るに十分な住まいを確保することはできなかった。



ここまでで、カロッサは術を打ち切った。
この先は、もう久居が覚えている範囲のはずだ。

カロッサが心を落ち着けるように、息をゆっくり吐きながら久居の背に当てていた手を離す。
びっしょりと、自分でも驚くくらい汗をかいていたらしく、手の跡がくっきりとそこに残っていた。

「カロッサ様、これを……」
カロッサが、久居の差し出した手拭いを受け取る。
カロッサの涙腺は、かなり前から崩壊していた。
水で濡らして絞ってあった手拭いは、顔を覆うとひんやりして気持ち良かった。

カロッサはもう一度、ゆっくり深呼吸をする。
細く長く息を吐いてから、
「久居君は……出といてくれる?」
と酷く掠れた声で言った。

久居は短く「はい」と答えると『心を落ち着けるお茶』を彼女の傍に出してから、速やかに小屋を出る。

菰野は一言も発さず、部屋の壁際で、壁と同化しているかのように気配を消していた。
カロッサの邪魔になる事のないよう、彼なりに精一杯気を遣っているのだろう。
こちらに背を向けているのも、泣き顔を見る事のないようにという配慮からかと思うと、カロッサは少しくすぐったく思えた。

カロッサは、そんな菰野の気遣いに甘えることにして、しばらく落ち着くまでは、ゆっくり息を整え、お茶を飲んで過ごした。

「お待たせ、菰野君。もう大丈夫よ」

まだほんの少し潤んだ声に菰野が振り返ると、カロッサが赤く腫れたままの目で微笑んだ。

「……ありがとうございます」
菰野が、カロッサに向き直り、深く頭を下げた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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