29話 特別(前編)

文字数 2,344文字

鬱蒼と茂った森の奥。
丸一日かかっても、人里にたどり着く事すらできそうにない、そんな森の奥に、朽ちかけた城のようなものが残っていた。
他に人の気配もないような、その城の中庭らしき場所に面した渡り廊下に、ローブを纏った真っ赤な髪の少年と、黒髪の少女とも女性とも取れそうな微妙な年頃の女が居た。

「私達に……手伝えって、こと?」
少年が真っ直ぐ少女に向かって立っているのに対して、少女は肩を少年の方に向け、横から斜め後ろに近い角度で立っている。
「ああ、出来る限り、撒いて帰るつもりだが。……もし……」
少年は、言い辛そうに言葉を切る。髪と同じ赤い瞳が、眉と共に苦しげに歪む。
「もし、どうしようもなくなったら、鬼を連れたままここに……」
帰っても、と続けるのを躊躇って、少年はそこでもう一度言葉を切った。
ここを家のように思っているのは、もしかしたら自分だけかも知れない。と、さっきからほとんど少年を見ようともしない、黒髪の女をチラと窺う。

少女は黙ったまま、考えていた。
(ふぅん。……鬼なら、父さんも怖くないだろうし、多分、大丈夫かな……?)
「……じゃあ、父さんに聞いてみるから」
それだけ答えると、少女は少年に背を向けて歩き出した。
「あ、ああ。頼む……」
赤髪の少年は、答えて、少女の背を見送る。
少女……サラの『父さん』とやらは、俺にその姿を見せない。
まあ別に、こっちだってどうしても顔を見たいわけじゃないが、それでも、もうちょっとこう……。
そこまで考えて、ラスは一度だけ頭を振った。
何考えてるんだ、俺は。
同じ目的で集まってるってだけで、俺たちは別に、仲間ってわけでもない。
一時的に、協力し合うためだけの関係だ。
自分に言い聞かせながらも、少年の胸は小さく痛んだ。

遠い昔、湖畔の家でラスと共に暮らしていた人達は、それこそなんの関係もない人達ばかりだった。
けれど皆ラスを温かく迎えてくれて、ほんの少しの間だったけれど、まるで家族のように接してくれた。

そんな大切な場所だったのに。
……俺のせいで、壊れてしまった……。
ラスはあの湖畔に残された、燃え落ちた瓦礫と夕日の色に、もう一度胸を焼かれて立ち尽くした。


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リル達は、カロッサの自宅跡に戻る手前で、空竜が着陸しやすそうな小高い丘を見つけて昼食を兼ねて休憩していた。

主に休憩していたのはリルと、移動続きでお疲れ気味の空竜と、目を赤く泣き腫らしたカロッサで、それぞれが草の上に寝転んで体を休めたり、羽を伸ばしたりしている。
久居は、印を落とした後に自身で治癒を済ませ、全員分の昼食の支度をし、振る舞い、今はその片付けをしていた。
レイは、せめてと手伝いを申し出たが「レイさんもお疲れでしょう、休んでいてください」と久居にやんわり断られて、今は草の上に胡座をかいていた。
久居が木製の器……漆器と言うらしい、レイの国では見たことの無い軽くて薄い素材のものを、テキパキと包んで片付けている。軽くて丈夫だなんて、実に旅向きの器だとレイはぼんやり思いながら、久居を見ていた。
順序良く片付けを進める久居の横顔は涼しげで、切長の目元に時折長い黒髪が後ろからサラリと掛かっている。
レイは、さっき久居が印を落とした時のことを思い出す。
リルやカロッサの目に触れない草陰で、久居はいとも簡単に傷を開き、自身の力で作り出した小さなナイフのようなもので、くるりと印を切り落とした。
久居は一瞬息を詰め額に汗を浮かべただけで、声を上げることもなく、ただ静かに治癒を始めた。
……結局、俺に手伝えるようなことは何一つ無かった。

もし、印を付けられたのが俺だったら……。
レイには自分が久居と同じように出来るとは、到底思えなかった。
解除法がわかるまでは、マークされたままウロウロすることになるだろう。
それを、カロッサの家の場所は割れていると知りつつも、念のためその手前でマークを落としておこうとする久居の、その用心深さと、それを実行できる精神の強さ、治癒技術の高さに、レイは正直感嘆してしまった。
「……人間にも、凄いやつはいるんだな」
「久居のこと?」
レイがポツリと漏らした呟きに、草原に寝転んでいたリルがぴょこんと起き上がった。
「ああ」
「えへへ、凄いでしょーっ」
何故か嬉しそうにニコニコ笑うリル。
「なんでリルが喜ぶんだよ」
一応突っ込んだが、返ってきたのは「だって、嬉しいんだもん」という答えにならない返事だった。
レイはそんなリルを上から下までまじまじと見る。
リルも、今は炎を消していたが、食事の準備中は「今日の分の練習するね」と炎を出したり引っ込めたり、指先に小さな火の玉を作ってみたりしていた。
そのうち、カロッサが指導に入り、制御訓練になっていたが、その間レイは一度も赤い炎を見なかった。
リルが出していた炎は、常にオレンジ以上の色をしていて、黄色を超えて白色になりそうな場面もあった。
今朝のカエンというらしい鬼も、白色の炎を出していて、レイは内心かなり焦ったのだが、それに対抗していたリルの火力も相当高かったのだろう。
「リルも、凄い炎を使うじゃないか」
レイの言葉に、リルは少し首を傾げてから答える。
「うーん。ボク、炎はまだ出すだけしかできないんだよね。今は、ちゃんと使えるように練習中」
鬼の事情はよく知らなかったが、天使は翼が生えてくるのがちょうどリルくらいの歳だ。
翼が生え揃ってから、ようやく飛ぶ練習や魔法の練習を始めるのだから、この時点で炎を出せるなら十分早いような気もするが、こういうのは種族間で大きく違ったりもする。
「そうか。頑張ってるんだな」
レイは、努力しているらしい小鬼にそう笑いかけると、帽子をポンと撫でた。
そして、ふと、この帽子の下にはどんなツノが生えているのだろうか。と思った。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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